東北大学は8月7日、超伝導体である遷移金属ダイカルコゲナイドの一種である「2セレン化ニオブ」(NbSe2)の劈開表面にコバルト(Co)原子をインターカレーション(層間挿入)することで、超伝導体に特徴的な超伝導ギャップ内部にコバルト原子の磁性で生じた散乱状態である「Yu-Shiba-Rusinov(YSR)状態」が生じることを見出したと発表した。
同成果は、東北大 多元物質科学研究所のフェルダス・アラ特任研究員、同・シェド・モハマド・ファクルディン・シャヘド助教、同・米田忠弘教授、同・大学大学院 理学研究科の山下正廣名誉教授、城西大学大学院 理学研究科の加藤恵一准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンスとナノテクノロジーの全般を扱う学術誌「Nano Letters」に掲載された。
超伝導体は量子コンピュータにおける情報単位の量子ビットの材料として有力な候補の1つと期待されており、特に強磁性金属との組み合わせにより、量子ビットの雑音耐性を高めると期待される「マヨラナ粒子」を形成することが理論的・実験的に報告され注目を集めている。なおマヨラナ粒子とは、粒子が同時に反粒子でもあるという「粒子-反粒子対称性」を持つもののことをいい、ニュートリノがその可能性があるとされている。
超伝導状態では、「クーパー対」と呼ばれるスピンが逆向きの2つの電子がペアを形成することでエネルギー的に安定していることがわかっている。そのため、強磁性金属のスピンとの相互作用によりクーパー対が散乱され、さらに強い相互作用でクーパー対が解消されることが予想されるが、原子レベルでの精密測定はいまだなされていないという。
そこで研究チームは今回、2セレン化ニオブの劈開表面にコバルト原子をインターカレーション(固体内部の層間に挿入)することで、超伝導状態の電子状態・磁性状態の制御を試みることにしたとする。結果、制御に成功しそれらの変化の様子は走査型トンネル顕微鏡とトンネル分光を用いて原子レベルで観測されたとした。
超伝導状態にある物質のトンネル分光では、超伝導の特徴であるギャップ状態を明瞭に観察することが可能だ。超伝導状態では上述したようにクーパー対が形成されるため、ギャップ内部では電子状態が無いと考えることができる。超伝導状態に磁性体の不純物が近傍に存在すると、磁気的な散乱によりギャップ内に新たな準位が生じることが知られており、それがYSR状態である。
今回の研究では、表面層より固体内部側に存在するインターカレーションしたコバルト原子が生じるYSRピークを、同原子からの距離の関数として観測することにしたという。表面下のコバルト原子に接近するにつれより中央にYSRピークが接近し、遂には左右を逆転することを見て取ることができる。さらに強い磁気相互作用があるとクーパー対は解消され、不純物スピンを遮蔽しようとする「近藤効果」が表れる。なお近藤効果とは、古くから知られている希薄磁性合金において、ある温度以下で電気抵抗が上昇する現象のことをいう。
以上のような磁気的交換相互作用は、超伝導体表面に吸着した磁性分子の磁性制御にも用いることが可能だとする。そこで今回は、磁性情報を保持できることで注目される「テルビウム・フタロシアニン錯体」(TbPc2)を吸着させた場合を調べることにしたという。
テルビウム・フタロシアニン錯体にはスピンが存在するが、2セレン化ニオブでクーパー対が形成されているためスピンを遮蔽することができず、近藤効果を生じることは叶わない。しかし今回は、表面下のコバルトからの交換相互作用により、新規な近藤効果が出現したとする。この状態は外部からの磁場で制御が可能で、磁化方向を指定した新規な近藤効果が示されたことになるとした。
超伝導体と強磁性金属の組み合わせは、量子コンピュータへの利用や、スピントロにクスへの応用が考えられるとする。インターカレーションした金属を利用することにより長距離で安定した使用環境が得られ、材料として多用される可能性があるという。今回の研究により磁性の精密な制御が示されたことから、トポロジカル超伝導体や量子コンピュータにおける雑音耐性に優れるマヨラナ粒子作成への応用が期待できるとした。