近畿地方に位置し、伊勢神宮をはじめとした観光産業に加え、農林水産業も盛んな三重県。近年、県庁がリードする形でDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めており、直近で言えばSlackの全庁導入が記憶に新しい。そんな同県では、データ活用基盤としてGoogle Cloudを導入し、運用をスタートさせている。今回、Google Cloudを導入した目的や現在の状況について話を聞いた。

「県庁DX」推進に向けた取り組み

三重県では2021年から「県庁DX」の取り組みをスタート。目指す姿として定めたものが「県民のサービスが変わる」「仕事の進め方が変わる」「職員の働き方が変わる」の3点だ。

  • 「県庁DX」の概要

    「県庁DX」の概要

ただ、いくらDXと言えども、現行の庁内システムの改善など、その前提となる推進基盤の整備は不可欠な状況だったという。また、2015年に総務省から要請のあった「三層の対策」に伴う整備で端末からのインターネット接続の制限などもあり、セキュリティは向上したものの、利便性に課題を抱えていた。

さらに、紙資料を含む大量のアナログデータのデジタル化や短期間でのシステム導入・提供が可能になる仕組みの整備に加え、システムとデータのサイロ化を解消するため、業務・システム単位で保有するデータの把握や組織横断的にデータを活用できる仕組みの整備が急務となっていた。

  • 基盤整備に向けて多くの課題があった

    基盤整備に向けて多くの課題があった

こうした状況を振り返り、三重県 総務部デジタル推進局 デジタル改革推進課 副課長の岡本悟氏は「2020年に総務省が三層分離について見直し、新たなセキュリティ対策を行うことで、業務端末からの直接的なインターネット接続が可能となるモデルが公表されました。県では、新モデルに改善していくとともに、オンプレミスのメールやグループウェアなどのクラウド移行、テレワーク環境の充実、データ活用の推進などに取り組みました。これら全体を“DX推進基盤”と位置付け、2022年に構築を開始、2023年~2027年を運用期間とし、今年7月にリリースしました」と説明する。

  • 三重県 総務部デジタル推進局 デジタル改革推進課 副課長の岡本悟氏

    三重県 総務部デジタル推進局 デジタル改革推進課 副課長の岡本悟氏

DX推進基盤においては「クラウドシフト」「ゼロトラスト」「データドリブン」の3つの取り組みを進めている。クラウドシフトはインターネット接続環境の改善やコミュニケーションツールの移行・刷新、ゼロトラストはテレワークの推進、セキュリティ対策の強化となる。そして、データドリブンではDXの鍵といわれているデータ活用推進のため、基盤の整備・運用を進め、その基盤としてGoogle Cloudを採用したというわけだ。

  • DX推進基盤の概要

    DX推進基盤の概要

岡本氏は「クラウドシフトとゼロトラストは、あくまでもデジタル化の領域と考えており、本来のDXはデータ活用による意思決定プロセスの定着化をはじめとした、組織の業務プロセスの変革です。これまでは経験や勘などで業務は成立していたかもしれませんが、職員の減少に歯止めがかからず、県民のニーズも多様化していくなかで、根拠に基づいた政策判断などを遂行していくことが望ましいです。そこで、Google Cloudを導入してデータ活用に取り組むことにしました」と話す。

三重県のデータ活用基盤

一方で、データを使い、いきなりすべての課題を解決できるかと言えば、そうではない。職員のデータ活用に関する意識向上にも取り組む必要がることはもちろんだが、2022年は県庁において、そもそもどこに、どのようなデータがどれくらい保有されているかを把握できていなかったため、全数調査を行う必要があった。

併せて、事業の課題解決に向けて、自らが保有するデータや他部局・外部機関などの保有データ活用の希望をはじめとしたニーズ調査を行い、2023年~2025年にかけて実施する実証実験に伴う課題テーマの選定に活用することとした。

  • 県が保有するデータの全数調査を実施した

    県が保有するデータの全数調査を実施した

また、2023年2月にはデータ活用推進に関する基本的方針を策定し、基本的な考え方を「データドリブンな組織の実現に向けたデータマネジメントの実践」、推進方針を「ためる」「つなぐ」「つくる」の3つとした。

  • データ活用に向けて3つの方針を定めた

    データ活用に向けて3つの推進方針を定めた

データ活用基盤は、設定した政策をはじめとした課題テーマに対して、解決に必要となる各分野(防災、健康福祉、教育など)のデータを、県保有データだけでなく、組織の内外からさまざまな形式(構造化データと非構造化データなど)で収集し、用途に応じて加工・分析・可視化を行い、その結果を政策立案や新サービス創出といった意思決定につなげるというものだ。

  • データ活用基盤のイメージ

    データ活用基盤のイメージ

Google Cloudで構築したデータ活用基盤による2つの事例

こうして構築されたデータ活用基盤により、県が2023年に取り組む課題テーマは「潜在的な移住ニーズの把握に向けた観光データ等の活用」と「豚熱浸潤状況調査データ活用」の2つだ。

移住ニーズの把握

現状、移住促進については地域連携・交通部 移住促進課が取り組んでいるが、より効果的・効率的な移住施策の展開に向けて、移住に対する精緻なニーズの把握が必要になる。

そこで、移住促進課が運用している移住・交流ポータルサイト「ええとこやんか三重」の閲覧者に加え、移住と観光が密接に関係しているという考えを前提に、観光局が運用しているCRM(Customer Relationship Management)「みえ旅おもてなしプラットフォーム」の保有データ(観光客)などを通じた移住ニーズを把握。

これらのデータをデータ活用基盤に集約して分析を行い、効果的な情報発信や移住促進の施策につなげるということを実証実験の方向性としている。

  • 「潜在的な移住ニーズの把握に向けた観光データ等の活用」の概要

    「潜在的な移住ニーズの把握に向けた観光データ等の活用」の概要

具体的には、これらユーザーなどへの移住に関するアンケートの実施や、アンケートへの誘導や移住促進施策PRのためにGoogle広告やYouTube広告などのWeb広告も有効的に活用するという。アンケートの分析結果をもとに、移住促進施策のターゲットの明確化や情報訴求力を高める方策といった企画立案、ポータルサイトの改修などの検討を進めていく。

豚熱感染防止対策

一方、農林水産部 家畜防疫対策課が担う豚熱浸潤状況調査データ活用に関しては、県内で継続的に実施している野生イノシシの豚熱浸潤状況の調査データを活用し、迅速かつ効果的な豚熱感染防止対策につなげるというもの。すでに、未分析ではあるものの、調査データは累計で約1万件収集済みとなっている。

実証実験の方向性としては過去データと現在も継続的に取得しているデータをデータ活用基盤に取り込み、リアルタイムで地図上に反映させる。分析結果にもとづき、養豚農家への注意喚起を実施すると同時に、ワクチン散布場や数量の特定、過去データの詳細な分析による将来予測にもつなげたい考えだ。

地図上には野生イノシシの捕獲・発見地点と養豚農場を表示し、操作はGoogle Mapと同様に拡大・縮小・移動を可能としており、表示は「地図」「地形表示」「航空写真」の切り替えができる。

また、養豚農場、豚熱PCR検査結果(陰性・陽性・判定なし)をプロットで色分け表示する。プロットを選択すれば詳細な情報表示を可能とし、サンプルとして検体番号、捕獲・発見日、緯度、経度、分類を表示する。

  • 「地図上に捕獲・発見地点と養豚農場を表示している(サンプル画像)

    地図上に捕獲・発見地点と養豚農場を表示している(サンプル画像)

オープンデータも利用した二段構えのデータ活用

将来的には「防災」「公共インフラ」「観光」などの主要分野に関して、データ活用の課題や方向性について研究・検討を行う方針を示している。

防災では現行のデータ取得・活用における課題の把握と今後の展開、公共インフラは基盤(道路・河川・海岸台帳)データのデジタル化とデータの活用方策の検討、観光では現在運用しているCRMとの連携などを想定している。

さらに、Google Cloud上に構築したデータ活用基盤の取り組みに加え、県では県内の人口動態や子育て関連施設、洪水浸水想定区域図、公共工事発注といったオープンデータの公開に取り組んでいる。

今年7月には、これまで県のWebサイト上に公開していたオープンデータライブラリから、260自治体(13府県、247市町村)が正式利用するBODIK(ビッグデータ&オープンデータ・イニシアティブ九州)のODCS(オープンデータカタログサイト)に移行し、126(2023年7月25日時点)のデータセットを公開している。

  • オープンデータも活用している

    オープンデータも活用している

今後も庁内のデータ調査を継続し、他自治体での活用事例など情報収集をしつつ、オープンデータの拡充を図るという。岡本氏は「公開できるものはすべてオープンデータ化していくという意識が浸透するように取り組んでいきたいですね。県ではこうしたオープンデータの取り組みとGoogle Cloudのデータ活用基盤の二段構えでデータ活用を進めていきます」と述べている。

ただ、庁内においてデータを扱い、洞察を得るとともに、アクションにつなげられるような人材育成も同時並行で取り組む必要がある。

その点について、同氏は「現状では、デジタル改革推進課に加え、課題テーマに取り組んでいる移住促進課と家畜防疫対策課のメンバーで、外部専門家を招きつつ、OJTでスタートしています。DX、人材育成も手がけるデジタル改革推進課として、職員に向けた研修や事例紹介などによる情報共有をはじめ、データ活用への意識醸成につながるさまざまな機会を増やしていければと思います」とのに認識を示す。

そして「将来的にデータ活用をはじめとした外部人材の登用につながれば御の字ですが、まずは現有戦力で進めるしかありません。意識の醸成からはじめ、実証実験が仮にうまくいかなかった場合でも、次の課題テーマにつながるような知見が蓄積できればと考えています」と、岡本氏は今後の展開に期待を寄せていた。