慶應義塾大学(慶大)は7月11日、電子やニュートリノなどの素粒子のキラリティの性質を考慮して、素粒子の量子多体系の時間発展を系統的に解析する新しい理論的手法を開発したことを発表。また同手法を重力崩壊型超新星に応用し、ニュートリノを放出する際の反作用によって、磁場の方向に電流が生じるという新奇な現象が生じることを解明した。
さらにこの現象から、中性子星の一種である「マグネター」が持つ宇宙最強の磁場や、天体現象「パルサーキック」を同時に説明しうるメカニズムを提案したことも併せて発表した。
同成果は、慶大 理工学部の山本直希准教授、台湾 中央研究院のヤン・ディールン助研究員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
一般に、物質の構成要素である素粒子には、右巻きもしくは左巻きを示すキラリティという性質があるが、自然界に存在する4つの力の1つである「弱い力」は、左巻きの素粒子にしか働かず、左右の対称性を破っていることが知られている。
中性レプトン(軽粒子)であるニュートリノは、小柴昌俊博士・梶田隆章博士によるカミオカンデおよびスーパーカミオカンデでの実験が2回のノーベル賞に結びつくなど、日本人にとって馴染み深い素粒子だ。地球を容易に貫通してしまうなど、物質に対する透過力が並外れて高いことで知られていて、左巻きのキラリティしか持たないという点も大きな特徴だ。
そのニュートリノが重要な役割を果たすと考えられているのが、重力崩壊型超新星爆発だ。太陽のおよそ8倍以上の質量を持った星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素であるため、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなり、星は自身の重力によってつぶれてしまう。この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核ではね返して爆発を起こすと考えられている。しかし、重力崩壊型超新星爆発のメカニズムは、いまだにその全容の理論的な解明には至っていない。
星の重力収縮によって解放されるエネルギーの大部分は、星内部で大量に生成されるニュートリノのエネルギーになるため、爆発を起こすのに重要な鍵を握るのがニュートリノだと考えられている。ところが、従来の超新星の理論では電子やニュートリノの基本的な性質であるキラリティを考慮しておらず、素粒子の標準理論に基づいていないという問題点があったという。そこで研究チームは今回、素粒子の標準理論に基づいて電子やニュートリノのキラリティの性質を考慮し、素粒子の量子多体系の時間発展を系統的に解析する新しい理論的手法を開発し、それを重力崩壊型超新星に応用したとする。
その結果、ニュートリノが放出される際に電子が反作用を受けることによって、磁場に沿った電流が生じるという現象が明らかにされた。通常の金属では、電場をかけると電場方向の電流が生じるものの、弱い力が左右の対称性を破るという性質のために、超新星では磁場方向の電流という新奇な現象が可能になるという。
さらに、この現象から誘起される新しいタイプの磁場増幅機構によって、1015ガウスを超える磁場を生成しうることも判明したとのこと。そしてこれらの結果に基づいて、中性子星の一種で、表面磁場の大きさが地磁気の1000兆倍を超えるというマグネターの磁場や、中性子星が秒速数百kmという大きな速度を持つ現象であるパルサーキックを同時に説明するメカニズムが提案された。
研究チームによると、今回明らかにされた超新星における新奇な現象は、重力崩壊型超新星の進化を理解する上で重要な知見を与えることが期待されるという。また、今回の新手法は、超新星だけでなく、初期宇宙における素粒子の量子多体系がどのように時間的に進化するかという問題への応用も考えられるとしている。