ウクライナのプラネタリウムが気になって仕方なかった

  • 西さんの着物を着るオレナさんと、オレナさんの民族衣装ヴィシヴァンカを着る西さん。

    西さんの着物を着るオレナさんと、オレナさんの民族衣装ヴィシヴァンカを着る西さん。6月23日、コスモプラネタリウム渋谷で本番直前の2人。

コスモプラネタリウム渋谷の解説員・西香織さんもその一人だ。実はオレナさんに出会う前から、ウクライナ侵攻のニュースに心を痛め、プラネタリウムがどうなったか戦況の地図と見比べながら調べていたという。「自分がプラネタリウムスタッフなので、現地のスタッフがどんな風に過ごしているか心配で」。何か自分にできることはないか模索していた。

そんな時、大川さんのメールが届いた。「オレナさんと一緒だったら、何かできるんじゃないの?」コスモプラネタリウム渋谷の永田美絵チーフ解説員に背中を押され、西さんが渋谷ハチ公前でオレナさんと待ち合わせをしたのが6月17日。「顔がわからないから私は星の風船を持って(笑)。オレナさんは柔和な笑顔で、言葉は必要なかった」(西さん)とその日について語る。

さっそく、自分たちのプラネタリウムを見てもらった。西さんが解説する間、オレナさんはずっと泣いていたという。「コンソールで話してみたら」と促しマイクを持つと、オレナさんは素晴らしい解説を始めた。「おおぐま座や北斗七星など星座絵を映すと本当にイキイキ解説されて。(東京は北緯35度、ハルキウは北緯50度で)見える星はほぼ同じ。何が言いたいのか、どういう気持ちで話しているのか、手に取るようにわかって感動してしまった」(西さん)。その場で永田チーフが「ウクライナ投影をやろう」と提案。オレナさんがウクライナ語で、西さんが日本語で追いかけるという番組の骨格が決まった。

最初は2022年9月に実現する予定だった。だが準備時間が足りない。来日当初、オレナさんは日本語がまだよくわからなかった。通訳や翻訳ソフトを駆使しながら、何を話すか、どう表現するかひとつひとつの言葉の意味を確認しつつ、番組を作り上げていく。

西さんが心がけたのは「お客様にウクライナのことを自分事として捉えてもらうにはどうすべきか」という点。お涙頂戴は避けたい。もちろんオレナさんは頻繁にウクライナのご家族と連絡をとり、プライベートでは泣き言ももらす。リハーサルでハルキウの町並みを映すと、涙で話せないこともあった。「あなたを苦しめるのであれば、この演出はやめましょう」。西さんが言うと、オレナさんは「このままで。ハルキウの美しい町並みを知って欲しい」と答えたそうだ。

  • ハルキウの町並み。

    ハルキウの町並み。(提供:オレナ・ゼムリヤチェンコさん)

オレナさんはプロフェッショナルだ。本番では落ち着いた口調で明るく語りかけ、観客とのやりとりを心から楽しむ。リハーサルで西さんが間違えた箇所をサポートし、時間をオーバーしないようタイムキープする。「失敗しない人です」。西さんはオレナさんに全幅の信頼を寄せる。

世界がよりよくなるために

6月23日のプラネタリウム投影の最後に語った表現、「私たちは地球に住む家族」は、西さんとオレナさんの2人で練り上げた。「オレナさんは『家族』という言葉をよく使う。彼女にとってのキーワードだと思ったんです」(西さん)。オレナさんは「(西)カオリさんはウクライナ語がわからないのに、私の気持ちがよくわかる」と返す。

気持ちが通じ合う理由について、西さんは「同じプラネタリウムの仕事をしているから」と確信している。「宇宙を見上げる1人の地球人として、世界がより良くなるように。元々同じ気持ちをもって仕事をしていたからだと思うんです」と話す。

  • ハルキウプラネタリウム展望台から眺めた月。

    ハルキウプラネタリウム展望台から眺めた月。(提供:オレナ・ゼムリヤチェンコさん)

今年は、近代型プラネタリウムがドイツで生まれて100周年。西さんは「人類は人を傷つける武器も作るが、言葉や国の違いを超えて同じ思いで繋がりあえるプラネタリウムという機械も作った」と言う。だから人類の未来を信じたい、と。

コスモプラネタリウム渋谷では2023年3月の投影に続いて、6月から4回「星は繋ぐ~ウクライナと日本の春夏秋冬」と題したウクライナ特別投影を行う(次の投影は9月22日の秋編)。その狙いは複数ある。

まずオレナさんの収入の足しになるように。そして社会貢献。西さんの中で一番大きい理由は「春夏秋冬のシナリオができれば、今後、全国のプラネタタリムからオレナさんに依頼がきたときに、どの季節でもそのシナリオをもとに彼女が仕事できるから」だという。

  • おとめ座のスピカやうしかい座のアルクトゥールスは、ウクライナや日本で麦の収穫の時期を教えてくれる。6月23日のコスモプラネタリウム渋谷の投影から。

    おとめ座のスピカやうしかい座のアルクトゥールスは、ウクライナや日本で麦の収穫の時期を教えてくれる。6月23日のコスモプラネタリウム渋谷の投影から。

西さんがこう語る背景には、「ウクライナの星空を全国へ広げよう」というプラネタリアン有志の活動があった。