北海道大学(北大)は6月16日、立体構造が不規則に枝分かれしたハイパーブランチ型構造を有するポリフルオレンビニレン誘導体が、分岐構造内部の隙間にアントラセンなどのキラル構造を持たない一般的な発光性低分子化合物を、特定の相互作用もなく大量に取り込んで液晶のような配列を誘起し、高分子~低分子複合体が高効率な円偏光発光を含む著しい光学的非対称性を示す「キラリティトランスファー現象」を発見したことを発表した。

同成果は、北大 触媒科学研究所の中野環教授、同・坂東正佳助教、北大大学院 総合化学院のウ・ペンフェイ大学院生、イタリア・カタンザロ大学のアドリアナ・ピエトロパウロ准教授、金沢大学の前田勝浩教授、芝浦工業大学の永直文教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、独国化学会の刊行する機関学術誌の国際版「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。

高分子材料の物性・機能は、1本1本の鎖の立体構造に強く影響される。中でもキラル高分子については、天然であるDNAやセルロースでも見られるらせん構造が、これまで最も重要な構造と考えられてきた。そのため、キラル高分子化学の中では、らせん構造以外の複雑で不規則な構造は重視されてこなかったという。そこで研究チームは今回、らせん構造などの整った構造を形成しない、不規則な枝分かれ型構造を有するポリフルオレンビニレン誘導体(以下「誘導体」)について調べたとする。

  • (左)枝分かれ型高分子の構造。(右)高効率円偏光発光を示す高分子-低分子複体。

    (左)枝分かれ型高分子の構造。(右)高効率円偏光発光を示す高分子-低分子複体。(出所:北大プレスリリースPDF)

まず、キラル構造研究の重要な手がかりとなる円偏光二色性(CD)スペクトルを用いた分析により、枝分かれ型ポリフルオレンビニレン誘導体は溶液中でも固体薄膜中でもらせん構造などの制御構造を持たないことが示されたとする。

次に、誘導体とアントラセンなどの低分子を溶液として、ガラス基板上で固体薄膜に成型した上で、CDスペクトルを測定したとのこと。すると、キラリティトランスファー現象に基づいて、高分子ではなく主に低分子に基づく強い信号が観測されたという。さらに、アントラセンを取り込んで生成する複合体薄膜では、極めて効率の高い円偏光発光特性を示したとする。また枝分かれ型高分子は、自身の量に対して5倍以上の低分子を取り込むことができ、過剰の低分子に対してもキラリティトランスファー現象を起こす「キラリティ増幅」が確認されたとする。

  • (左)枝分かれ型ポリフルオレンビニレン誘導体内部空間へとアントラセンが入り込むイメージ。(右)高分子~アントラセン複合体の円偏光発光特性。

    (左)枝分かれ型ポリフルオレンビニレン誘導体内部空間へとアントラセンが入り込むイメージ。(右)高分子~アントラセン複合体の円偏光発光特性。(出所:北大プレスリリースPDF)

当初研究チームは、高分子に取り込まれた低分子は結晶として存在するのではないかと考えたという。しかし、透過型電子顕微鏡観察、プローブ顕微鏡観察およびX線回折測定でも、純粋な低分子の結晶はほとんど発見されなかったとする。

そこで、キラル特性を示すのは低分子間の配列ではないかと推定し、偏光顕微鏡で固体薄膜の観察を行ったところ、液晶分子に見られるものに似た光学模様が観察され、キラルな分子配列が枝分かれ型高分子の内部で誘起されることが示唆されたとしている。

さらに、NMRスペクトル測定での緩和時間と分子の拡散係数測定から、枝分かれ型高分子は固体薄膜化する以前に溶液中でも低分子を取り込んでおり、内部の低分子の運動を制限することが見出されたとする。一般に分子間の複合化により著しい特性が発現する場合には、分子間に互いの形を認識するような特定の相互作用があり、水素結合や「πスタッキング」などの超分子的相互作用があることが多いという。しかし、今回の研究における枝分かれ型高分子の低分子取り込みは非特異的であり、スペクトル研究からπスタッキングなどの超分子的な吸着相互作用は見つからなかったとのことだ。

加えて、分子動力学計算から、枝分かれ型高分子は内部に相当に大きな空間を持っており、その内部に低分子を取り込めることが見出された。また、高分子内部のアントラセン分子が確かに円偏光の原因であることを、励起状態でのab initioダイナミクス計算およびDFT計算により解明したという。

誘導体がなぜ低分子を大量に取り込めるのか、またどのようにして低分子のキラルな分子配列を誘起するのか、詳しい仕組みは未解明だ。研究チームは今後、これらの点についての知見を得るため、また不規則な枝分かれ型高分子の機能にどの程度の一般性があるのかを知るため、枝分かれ型高分子の化学構造をより一般的なビニルポリマーへと展開していくとする。さらに、キラル源基導入の位置を鎖の側鎖から枝分かれの分岐点、鎖の末端部分などへと変え、枝分かれ型高分子の構造特長の中の何が興味深い現象の原因なのかを探求していきたいとしている。

また今回の成果は、物質・材料の合成を常識的に必須と考えらえる構造要因や手法とは異なる観点から考えることにより、新展開を見出すことが可能であることを示しており、機能性高分子研究がより一層発展するための端緒となり得るものとした。