神戸大学は5月30日、円偏光状態の近接場を形成できる「球状ナノアンテナ」の開発に成功したことを発表した。

同成果は、神戸大大学院 工学研究科の根来英利大学院生(研究当時)、同・杉本泰准教授、同・藤井稔教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンスとナノテクノロジーの全般を扱う学術誌「Nano Letters」に掲載された。

同じ原子の構成であっても、左手と右手のように基本は同じだが、実像と鏡像を重ねられない構造を持つ分子は「キラルな分子」と呼ばれる。左手型と右手型の関係を鏡像異性体というが、同じ分子でも鏡像異性体どうしでは生理活性が大きく異なるため、生命科学や薬理学の領域において、高効率にそれを認識・選別する技術が強く求められている。

既存技術では、キラル分子の左右円偏光に対する光吸収強度の違い(円二色性)を利用する検出法や光反応があるが、分析には高濃度のサンプルと長い測定時間を要する。これは、円偏光の螺旋のピッチに対するキラル分子のサイズが小さいため、左右円偏光の吸収差が非常に小さいことが原因だという。円二色性を増大するために、光波長より小さいナノスケールの領域で円偏光の増強場を実現する技術が求められていたとする。

円偏光の増強場の指標である「光キラリティ」は、電場・磁場をともに増強し、入射円偏光の回転方向(ヘリシティ)が保存される時に最大となる。しかし、従来のナノアンテナ(局在表面プラズモン共鳴を持つ金属のナノアンテナなど)は、入射電場とは共鳴するが入射磁場に対する応答が小さいため、ヘリシティが保存されない。そのため、電場・磁場ともに共鳴する新しいタイプのナノアンテナの開発が求められていた。

そこで研究チームは今回、高い屈折率を持つ誘電体のナノ粒子の「Mie共鳴」に着目したという。この共鳴は、波長程度の大きさの球形の粒子による光の散乱現象のうち、高屈折率誘電体に見られる共鳴的な散乱現象のことをいう。またMie共鳴には、電気双極子共鳴と磁気双極子共鳴があり、光の周波数領域に低次のMie共鳴を持つ誘電体ナノ粒子は、入射電場と入射磁場を両方増強することができるとのこと。このようなナノ粒子は電磁気対称性があり、デュアルなナノアンテナ(以下「デュアルNA」)と呼ぶことができるとする。

  • 電気双極子共鳴、磁気双極子共鳴とデュアルなナノアンテナの概要図。

    電気双極子共鳴、磁気双極子共鳴とデュアルなナノアンテナの概要図。(出所:神戸大Webサイト)

デュアルNAは、NA自体はアキラルな構造(キラルの反対で、実像と鏡像を重ね合わせられる構造)であるにも関わらず、2つの共鳴により光キラリティを増大できるという。この時、共鳴による散乱光は入射光のヘリシティを保持する。今回の研究では、可視~近赤外領域にMie共鳴を有し、電磁場増強と円偏光状態の保持を両立できる新しいタイプのナノアンテナが開発された。

研究チームはまず、Mie理論によりシリコンナノ粒子の光学共鳴のヘリシティ密度を計算し、電気双極子と磁気双極子共鳴の強度および位相が等しくなるKerker条件において、入射円偏光のヘリシティが保存され、円偏光の近接場が形成できることを示したとする。

そしてこの特性を実証するため、今回は独自に開発した結晶シリコンナノ粒子のコロイド溶液が用いられた。結果として、サイズ分布を5%以下まで抑制することで、鮮やかな散乱発色が見られたとする。同材料に対して右回り円偏光を照射した際の散乱光の右回り、左回り円偏光成分を精度よく測定できる系を構築し、ヘリシティ密度スペクトルを求めたという。

共鳴がデュアルでない粒子(金のナノ粒子など)では、散乱光の偏光状態が変化し、入射光ヘリシティは保存されないため、ヘリシティ密度は実験・計算ともにほぼ0になるとしている。

一方、Kerker条件を満たすデュアルなナノ粒子では、散乱光は入射円偏光のヘリシティを保存することから、シリコンナノ粒子コロイド溶液では、波長680nm付近でヘリシティ密度が理論値0.96、実験値0.7に達するとした。これは、ナノ粒子表面に円偏光近接場が形成されることを示すという。研究チームは今回、同様の測定を平均粒径114nm~179nmのシリコンナノ粒子に対して実施し、波長550nm~750nmの領域で、入射円偏光のヘリシティ保存が可能であることが実証されたとする。

  • (a)シリコンナノ粒子溶液(上)と、電子顕微鏡像(下)。(b)デュアルでない、(d)デュアルなナノ粒子に右回り円偏光を照射した場合の散乱光の偏光状態の概要図。(c)金ナノ粒子と(e)シリコンナノ粒子のヘリシティ密度スペクトルの計算値と実験値。

    (a)シリコンナノ粒子溶液(上)と、電子顕微鏡像(下)。(b)デュアルでない、(d)デュアルなナノ粒子に右回り円偏光を照射した場合の散乱光の偏光状態の概要図。(c)金ナノ粒子と(e)シリコンナノ粒子のヘリシティ密度スペクトルの計算値と実験値。(出所:神戸大Webサイト)

円偏光の近接場では、キラル分子と光の相互作用を増大させることが可能だ。研究チームはこれにより、キラル分子の円二色性が増強され、高感度な検出・分析が可能になるだけでなく、光不斉反応の効率を高めることで、製薬分野への応用も期待できるとした。また、開発されたナノ粒子溶液は光の偏光状態を制御できる新しい液体としての利用も期待できるとしている。