日本原子力研究開発機構(原子力機構)と東北大学は5月15日、スピン三重項トポロジカル超伝導物質候補である「ウランテルル化物(UTe2)において、低磁場超伝導状態と高磁場超伝導状態との間に、両者が入り混じった新しい超伝導状態が存在することを発見したことを発表した。
同成果は、原子力機構 先端基礎研究センター 強相関アクチノイド科学研究グループの酒井宏典研究主幹、同・徳永陽グループリーダー、東北大 金属材料研究所(IMR)の木俣基准教授、同・淡路智教授、同・佐々木孝彦教授、同・青木大教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学専門誌「Physical Review Letters」に掲載された。
通常、超伝導は電子が2個ずつ電子スピンを逆向きに打ち消し合う電子ペアを組むことで起こる。この状態が「スピン一重項」であり、希ながらスピンを打ち消し合わない電子ペアを生じることがあり、このようなスピンを持つ電子ペアによる超伝導は「スピン三重項超伝導」と呼ばれている。この場合、電子ペア形成がある特別な方向に強く起こって、いろいろな電子ペアが起こりえるという。
近年、スピン三重項超伝導は、理論的に「トポロジカル超伝導体」の候補としても注目されている。この新しいタイプの超伝導物質は、まだ数例しか見つかっていないが、その候補物質がウラン化合物において続々と発見されているという。その候補の1つが、2019年に発見された、超伝導転移温度(Tc)が絶対温度1.6K(約-271.5℃)のUTe2だが、超伝導が発見された当初から、UTe2に関する研究では、単結晶の品質が問題となっていたとする。そこで研究チームは今回、UTe2の超純良単結晶を育成し、その結果、Tcを2.1Kまで向上させることに成功したとする。
UTe2の超伝導において特に注目されたのが、磁場-温度相図が報告されたことだという。磁場をかけると低磁場ではTcが下がるが、約15T以上の高磁場ではTcが上がるほか、Tc=1.6Kと低いにも関わらず、約30Tという強磁場領域まで超伝導であり続けることも確認されたとのことで、磁場中でTcが上昇する振る舞いは通常の一重項の超伝導では説明できず、スピン三重項超伝導の有力候補とされる重要な根拠となったという。
2022年に国内外の2つの研究チームによって、UTe2は超伝導内に境界があり、「低磁場超伝導」が、磁場をかけると新しい「高磁場超伝導」に移り変わる、ということが解明され、それまでの考えが更新されることとなったが、もしその境界が本当だとした場合、理論的に存在するはずのもう1つ別の超伝導内境界が観測されないという問題が生じることとなったという。また、同物質が強い磁場に対して境界付近でどのような物理特性を変化させてゆくのかは詳しくわかっていなかったという。
今回の研究目的は、Tcが2.1Kとなった純良単結晶において、UTe2本来の超伝導特性を調べることにあったという。一般に、超伝導体が磁場-温度特性を示す場合、理論的には超伝導内にもう1つ別の境界があるはずであり、それぞれの超伝導が境界付近でどのような物理特性を示すかが詳細に調べられることとなった。
具体的には、UTe2の超伝導特性を調べるための強磁場の発生装置として、IMR附属 強磁場超伝導材料研究センターで開発された、無冷媒超伝導磁石として2023年5月時点で、世界最高クラスの25Tを発生することが可能な無冷媒超伝導磁石「25T-CSM」が用いられた。
同磁石による磁場角度方向の精密制御を行いながら、超伝導の性質が精密に調べられたところ、磁場をかけていくと、低磁場超伝導内にもう1つ境界があり、高磁場超伝導へ移り変わる前に、これまで未発見であった低磁場超伝導状態と高磁場超伝導状態とが入り混じった新しい超伝導状態が現れることが明らかになったという。
今回の研究成果から、UTe2においては、低磁場超伝導状態、新しい混合した超伝導状態、高磁場超伝導状態と、それぞれ異なる超伝導電子ペアが生じていることが考えられると研究チームでは説明しており、これらの多彩な超伝導状態を制御する方法を見出すことができれば、次世代量子コンピュータ用の新しい超伝導量子デバイスの開発につながることが期待されるとしている。