AI・契約レビューテクノロジー協会(AI and Contract Review Technology Association、以下:ACORTA)は5月11日、リーガルテックが企業法務へもたらす可能性について意見を交わす機会として、「リーガルテックシンポジウム 最新技術、海外動向から読み解く日本のリーガルテックの現在地」を開催した。

本稿ではそのセッションから、ACORTAの理事で元検事総長の林眞琴氏と、同協会の専務理事でLegalOn Technologiesの代表取締役である角田望氏による、「既存の法令と新規テクノロジー共存の未来を考える」と題したトークセッションの様子を紹介しよう。

グレーゾーン解消制度と契約書自動レビューサービス

2022年6月、政府のグレーゾーン解消制度において、法務省から「AIによる契約書等審査サービスの提供」が「弁護士法第72条本文に違反すると評価される可能性があると考えられる」との見解が示された。弁護士法72条とは、弁護士でない者の法律事務の取り扱いを禁じる法律である。

10月にも、同様に法務省は「契約書レビューサービスの提供」が「弁護士法第72条本文に違反すると評価される可能性があることを否定することはできない」との見解を示している。

グレーゾーン解消制度とは、産業競争力を強化する観点から、新たな事業を開始しようとする事業者が現行の規制範囲が不明確な場合に挑戦する障壁を解消することを目的として、新規事業の創出を後押しするために設けられた制度だ。

以前小誌でも報じたように、先述の見解は法務省が主導して積極的に公表したものではない。この制度では、問い合わせを受けた主務大臣は照会書を受理した日から原則として1カ月以内に回答しなければいけない。この規定により、既存のリーガルテックサービスを手掛ける事業者の活動にかえって萎縮効果をもたらす結果となった。

トークセッションで、林氏は「本来は新規事業を創出してイノベーションを推進するための制度が、逆にイノベーションを阻害しかねない効果をもたらしたことは大きな問題だと考えている」と指摘した。

  • ACORTA理事 元検事総長 森・濱田松本法律事務所 客員弁護士 林眞琴氏

    ACORTA理事 元検事総長 森・濱田松本法律事務所 客員弁護士 林眞琴氏(画像右)

グレーゾーン解消制度は事前規制の範囲を明確にする場面を想定した制度だ。一方で、弁護士法72条は事後規制の刑罰法規である。弁護士法72条に違反するかどうかは、事前に示せるものではなく、個別の事例や詳細な状況に応じて判断がなされる。弁護士法72条の解釈の適用は、捜査機関、および最終的には裁判所の判断に委ねられる。

「刑罰法規に関する解釈の最終的な権限は裁判所にあり、法務省が弁護士法を解釈できるわけではない上で、グレーゾーン解消制度に回答していることを十分に理解しておく必要がある。先に出された法務省からの回答は、決して弁護士法72条に関する最終判断ではない」(林氏)

弁護士法72条は、弁護士ではない者が弁護士のみに認められている行為を行う「非弁行為」を規制している。弁護士という制度の維持・確立を立法目的とするのではなく、法律事件への非弁護士の介入を制限しているのだという。

裁判所は、実際に行われた行為の内容や対応に加えて、その行為の目的、背景事情、事案ごとの具体的な事情を踏まえて、非弁行為に該当するかどうかを判断するそうだ。2022年6月のグレーゾーン解消制度のように、「AIによる契約書等審査サービスの提供が弁護士法72条に違反するかどうか」といった抽象的な質問にはそもそも回答できないとのことだ。

既存のルールと新規テクノロジーとの共存

弁護士法は70年以上前に制定された法律であり、AIなど新規テクノロジーの登場は想定されていないと思われる。このように、法律制定当時は想定していなかった新しい技術の登場が既存の法律への抵触が問題となり得る場合がある。

林氏は「立法当時に存在していた犯罪行為を取り締まるための既存の刑事罰法規が、過剰に働いてイノベーションを阻害してしまってはいけない。既存の法令と新しいテクノロジーを共存させるには、一度既存の法律の立法趣旨に立ち返ってみることが大事だと思う」とコメントしていた。

なお、非弁行為(弁護士法72条)規制の設立趣旨は「なんらの規律にも服しない者が、みずからの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを禁圧するため。これを放置すると、当事者その他の関係人の利益を損ね法律生活の公正かつ円滑な営みを妨げひいては法律秩序を害することを禁圧する」と示されている。ここで規定している非弁行為と、法務業務を支援するリーガルテックサービスは分けて考えた方が良さそうだ。

角田氏は「法律が作られた当時は存在していなかった新しいサービスや新しい技術が出てきたときにこそ、実は、立法当時の趣旨に立ち返って本質から考えることが重要。ソフトウェアを提供する事業者としては、社会に役に立つ有用な技術開発を行う責務を感じる」としている。

  • ACORTA専務理事 LegalOn Technologies代表取締役 執行役員CEO 弁護士 角田望氏

    ACORTA専務理事 LegalOn Technologies代表取締役 執行役員CEO 弁護士 角田望氏(画像左)