天竜二号をめぐる謎
初打ち上げながら成功を収めた一方で、天竜二号には多くの謎がある。じつは、今回打ち上げられたロケットは、同社がこれまで天竜二号として示していた機体とは大きく異なっているのである。
同社がWebサイトに掲載している天竜二号は、寸法や打ち上げ能力こそ今回打ち上げられた機体に近いものの、第1段には第2段にも使っている天火11を7基装備するとされている。
なぜ、今回の天竜二号の第1段に天火11を使わなかったかは不明である。天火11自体は完成しており、今回打ち上げられた天竜二号の第2段には使われている。
考えられる理由としては、天火11の量産が間に合っておらず、しかし一方で投資集めや資金繰りの関係からロケットの打ち上げをなるべく早期に行う必要があったことから、推進剤で互換性のあるYF-102を購入して使用した、という可能性がある。
航天推進技術研究院側としても、YF-102を開発したはいいものの、これまで実際にロケットに組み込んで打ち上げた経験はないことから、天兵科技に販売して使用してもらうことで、試験データや実績を得ようという目論見が働いた可能性もある。
前述のように、同社にはCASCなどで働いていた技術者が多数在籍していることからも、提供は容易だったとみられる。くわえて、天竜二号の第1段機体と、CASCが製造している長征二号や七号ロケットなどの機体は、ともに直径3.35mであり、機体そのものもCASCからの技術移転、あるいは提供を受けている可能性もある。
また、Webサイトにある天竜二号は、1段目にはグリッド・フィンと着陸脚をもち、米スペースXの「ファルコン9」ロケットのように打ち上げ後に着陸し、再使用できるロケットとされているが、今回打ち上げられた天竜二号にはそれらの装備はない。これについては、将来的にこうした部品を実装し、再使用する考えをもっているようである。
大型ロケットの開発計画も
天兵科技はまた、非常に野心的な計画も掲げている。
同社は現在、天竜二号と並行して、「天竜三号」という大型ロケットも開発している。同機は地球低軌道に17tの打ち上げ能力をもつとされ、実現すればスペースXのファルコン9や、日本のH3などに匹敵するロケットとなる。その実現のため、最大推力1000kNを超える強力な「天火12」エンジンも開発されている。
さらに、天竜三号を3機束ねたような「天竜三号H」の開発構想もあり、実現すれば地球低軌道に最大68tを打ち上げられるという。
下図からも明らかなように、天竜三号も天竜三号Hも、スペースXのファルコン9とファルコン・ヘヴィと瓜二つであり、コンセプトなどで大きな影響を受けていることが窺える。
一方で、「天竜三号M」というオリジナリティのある構想もある。天竜三号Mは天竜三号の第1段の上に、有翼かつ再使用可能な第2段兼宇宙船を搭載した構成で、地球低軌道に5tを運べる完全再使用ロケットとして、また最大100人の乗客を乗せて大陸間を飛行する極超音速輸送機として使用できるという。
もっとも現時点では、天竜二号でさえ不完全である以上、それよりもはるかに高度なロケットが実現できるとは考えにくい。
同社の今後にとって、まず直近の焦点となるのは、天竜二号がはたして当初予定されていたような、自社開発のエンジンのみを使った構成となり、そして再使用型ロケットとして運用できるかどうかにある。
引き続きYF-102エンジンを使い、再使用もしないのであれば、同社はCASCからスピンオフした、事実上の別部門に他ならなくなる。一方で、もしエンジンも含めすべて独自にロケットを造れるようになり、そのうえでCASCのロケットにはない再使用性をも手に入れることになれば、同社にとって大きな武器となり、まさに中国版スペースXとして飛躍が期待できる。
ただ、天竜三号クラスの大型ロケットとなると、CASCが運用しているロケットと打ち上げ能力の面で完全に被ってしまう。その中で、中国国内で打ち上げを受注することは、また別の難しさがある。もし天竜三号がCASCのロケットよりも低コスト性などで上回ることになれば、中国の宇宙産業において下剋上が起こることとなるが、そのような変革が認められるかどうかは未知数である。
さらに、中国には天兵科技だけでなく、前述した藍箭空間科技(Landspace)や、星際栄耀(i-Space)、星河動力(Galactic Energy)、リン(*1)客航天(LinkSpace)、零壱空間(OneSpace)、火箭派(Rocket Pi)など、ロケット・ベンチャーが多数存在しており、星際栄耀と星河動力は、小型の固体ロケットながら衛星の打ち上げにも成功している。これらはより大型のロケットや、再使用型ロケットの開発構想をもっており、天兵科技と真っ向から勝負することになる。
中国は米国の輸出規制などの関係から、欧米などからの商業打ち上げは事実上不可能であり、中国国内と友好国の需要に頼るほかない。中国国内だけでも大きな打ち上げ需要はあるとみられるが、ものには限度があり、生き残れる企業は限られ、多くは吸収や合併、消滅を経験することになろう。
中国のロケット・ベンチャーは、まさに三国志のような群雄割拠の時代を迎えている。前述のように欧米などから商業打ち上げを受注することはほぼ不可能であることから、日本などへの影響は小さい。しかし、その動向には今後も注目すべきだろう。
脚注:*1:リンは令に羽
参考文献
・http://www.spacepioneer.cc/news/detail/96
・http://www.spacepioneer.cc/tianlong/TL2
・http://www.spacepioneer.cc/tianhuo/TH11
・https://mp.weixin.qq.com/s/GLBgMD217IXgFTl83vclag
・Chinese Tianlong-2 successfully debuts from Jiuquan - NASASpaceFlight.com