中国が宇宙ステーションの打ち上げに使った大型ロケット「長征五号B」の機体が、日本時間2022年11月4日19時01分ごろ、太平洋上で大気圏に再突入した。

無制御の状態で再突入したため、正確な再突入地点は直前まで不明だった。燃え残った破片が海上に落下した可能性はあるものの、被害は報告されていない。

中国は今後も長征五号Bの打ち上げを続ける見通しで、対策が取られない限り、打ち上げのたびに破片が地上に落下するかもしれない危険な状態が続くことになる。

  • 中国の「長征五号B」ロケット

    中国の「長征五号B」ロケット (C) CMS

長征五号Bのコア機体の大気圏再突入

長征五号Bロケットは10月31日、中国が運用中の「中国宇宙ステーション(CSS)」へ向け、科学実験モジュール「夢天」を載せて打ち上げられた。

長征五号Bは設計上、ロケットの第1段にあたるコア機体が軌道上に残ってしまう。打ち上げ後のコア機体は無制御の状態であり、海上などに狙って落下させる機能はない。そのため、大気との抵抗で徐々に高度を落とし、大気圏に再突入するのを見守る他ない。

また、コア機体は全長33.2m、直径5.0m、質量約20tと大きく、再突入時に完全には燃え尽きず、燃え残った破片が地上に落下する危険性がある。

地上から軌道上にあるコア機体の位置を監視することは可能だが、いつ、どこで再突入するかを正確に予測することは難しい。地球の大部分は海であり、人が住んでいる地域も限られていることから、可能性はきわめて低いものの、地上の人が住んでいる地域に破片が落下する危険性もあった。

軌道上の物体を監視している米国宇宙コマンドによると、長征五号Bのコア機体は日本時間11月4日19時01分ごろ、南中央太平洋の上空で大気圏に再突入したという。

また、その5分後の4日19時06分には、北東太平洋の上空で別の物体が再突入したことが確認されたとしている。詳細は不明だが、再突入のごく初期の段階で、コア機体が2つに分解したためとみられる。

一方、当事者である中国有人宇宙飛行工程弁公室は、再突入後に、「長征五号Bの機体は、北京時間4日18時8分(日本時間19時08分)ごろ、大気圏に再突入したこと確認した。落下予測地点は、西経101.9度、北緯9.9度の周辺海域で、機体のほとんどは再突入時に破壊されたとみられる」と発表するにとどまっている。

現時点で島や船などからの被害は報告されておらず、中国の主張どおり大部分は燃え尽きたか、燃え残った破片も海に落下したものとみられる。

ただ、コア機体が再突入する数時間前には、スペインやアフリカの上空の宇宙空間を通過しており、このためスペインのマドリードやバルセロナなどの空港周辺の空域が封鎖され、現地報道では約300便に遅れが生じたという。

長征五号Bの打ち上げは今回が4機目で、今回のような危険な再突入も4回目となる。2020年の1号機の打ち上げでは、西アフリカのコートジボワールに、燃え残った配管の破片のようなものが落下。幸いにも人的被害は報告されていない。その他のケースではすべて海に落下したものとみられ、陸地への落下や被害は確認されていない。

再突入後、NASAのビル・ネルソン長官は、「中国はまたもや、長征五号Bのコア機体を無制御の状態で再突入させるという、不必要な危険を冒しました」と、強く非難する声明を発表した。

「中国は、落下のリスクを軽減するために必要な軌道情報や落下位置の予測を共有しませんでした。すべての宇宙開発にかかわる国は、宇宙活動において責任を負い、透明性を確保し、確立されたベスト・プラクティスに従うことが求めらます。とくに今回のように、大きなロケットの機体が無制御で再突入する場合、その残骸が重大な損害や人命の損失につながる危険性は十分にあるのです」。

  • 打ち上げ準備中の長征五号Bロケット

    打ち上げ準備中の長征五号Bロケット。中心にある太い機体の、下半分にあたる部分がコア機体で、これがまるごと大気圏に再突入した (C) CMS

今後も同じ事態が継続か

長征五号Bは中国が運用する大型ロケットで、全長は53.7m、メインの機体の直径は5m。地球低軌道に最大約23tの打ち上げ能力をもっている。この打ち上げ能力を生かし、宇宙ステーションのモジュールなど、大型の宇宙機の打ち上げに使われている。

この目的のため、長征五号Bは第1段(コア機体)に4本の補助ロケット(ブースター)を取り付けたのみの、「1.5段式」というシンプルな構成をしている。他のロケットのほとんどは2段式や3段式、つまり縦に機体が積み重なった形態が主流であり、1.5段式という構成は珍しい。

1.5段式のロケットは、飛行中にロケットエンジンを空中点火する必要がなく、部品も少なくできるため、打ち上げ失敗や延期のリスクを小さくできるたり、コストダウンにつながったりといったメリットがある。

しかしその反面、搭載していた宇宙機とともに、大きなコア機体も軌道に乗り、残ってしまうという欠点がある。衛星を打ち上げたロケットの機体の一部が軌道に乗ること自体は当たり前のことだが、長征五号Bの第1段機体は全長33.2m、直径5.0m、そして質量約20tと、他のロケットが軌道に残す機体と比べ、桁違いに大きい。

こうして軌道に乗った物体は、大気との抵抗で徐々に速度と高度が落ち、いずれ大気圏に再突入する。普通のロケット機体であれば再突入時の熱でほぼ燃え尽きるが、長征五号Bのコア機体はあまりにも大きいため完全には燃え尽きず、たとえば熱に強い材料で造られたロケットエンジンなどは燃え残ってしまい、破片が地表に落下する恐れがある。

また、軌道上にあるコア機体をレーダーなどで監視、追跡することは可能だが、それが「いつ」、「どこで」再突入するのか、そしてどれくらいの破片が燃え残らずに地上まで到達するのかを正確に予測することは難しく、再突入の直前でも数十分の誤差があり、正確な時間や位置が判明するのは再突入“後”となる。

他国のロケットの打ち上げでは、万が一にも燃え残りそうなロケット機体が軌道上に残った場合、人家のない海などに狙って落とす「制御落下」という運用が行われている。しかし、長征五号Bにはそうした仕組みがなく、自然に落下するのを見守る他ない状態となっている。

地球は大部分が海であり、陸地でも人が住んでいる場所は限られているため、人家や人に当たる危険性はきわめて小さい。しかし、2020年5月にコートジボワールに破片が落下したように、その危険性は決して無視できるものではない。

中国は今後、2023年にも長征五号Bを使って宇宙ステーションに追加のモジュールを打ち上げることを計画している。また最近では、小型衛星を数千機から数万機打ち上げて通信などを行う「コンステレーション」の衛星打ち上げに長征五号Bを使う計画があるという話もあり、それが事実で、また落下への対策が取られなければ、今後も打ち上げのたびに危険な状態が続くことになる。

技術的には、長征五号Bのコア機体を制御落下させたり、衛星を使って除去したりし、落下のリスクを低減させることは可能とみられる。中国には今後、そうした対策を行うことが求められよう。

その一方で、国際的な法整備も求められる。今回のような事態の阻止や、万が一人や財産に被害を与えた際の保証などについては、法整備が追いついていないのが現状である。とくに、ロケット機体を無制御で再突入、落下させてはいけないということに法的拘束力はない。

米国や日本などは、それぞれの政府や宇宙機関などが自主規制を定めて、落下のリスクを低減しており、中国も同様の施策を取ることが求められよう。また同時に、宇宙開発にかかわるすべての国を交えたうえで、ロケット機体のような宇宙ごみの落下やその補償に関する明確かつ厳格な、そして国際的なルール作りを進めることも必要であろう。

参考文献

U.S. Space Command(@US_SpaceCom)さん / Twitter
EU SST confirms re-entry of space object CZ-5B - EU SST
http://www.cmse.gov.cn/gfgg/202211/t20221104_51250.html