日本デジタル空間経済連盟はこのほど、東京都内で「Digital Space Conference 2023」を開催した。同イベントはメタバースをはじめデジタル空間における課題を確認し、今後の展望と理解促進について議論することを目的としたもの。

2022年11月に、同連盟はデジタル空間上でのビジネスの発展に向けて、整理すべき課題を明らかにするために「デジタル空間の経済発展に向けた報告書」を発行した。

報告書の中ではデジタル空間、特にメタバース空間での今後の金融ビジネスの発展プロセスについて、「宣伝のチャネルとしてのメタバース利用」「金融商品や金融サービスの取引におけるメタバース利用」「メタバース空間に特有な金融商品の開発」の3つのフェーズで進むとの仮説が立てられている。

今回のイベントでは、野村総合研究所の小粥泰樹氏、野村ホールディングスの沼田薫氏、SBIホールディングスの朏(みかづき)仁雄氏が登壇し、同報告書の仮説に則って今後の金融ビジネスの発展について議論した。はたして、メタバース空間で金融ビジネスは成り立つのだろうか。

フェーズ1:宣伝チャネルとしてのメタバース利用

小粥氏:日本でも、大手の金融機関などがメタバース空間上に店舗を構えて宣伝する例も出始めています。SBIホールディングスでの取り組みについて教えてください。

  • 野村総合研究所 金融ITイノベーション事業本部 副本部長 研究理事 小粥泰樹氏

    野村総合研究所 金融ITイノベーション事業本部 副本部長 研究理事 小粥泰樹氏

朏氏:SBIホールディングスは、以前からブロックチェーンや暗号資産に積極的に取り組んできました。その中での特徴的な事例を3つ紹介します。

まず、SBI新生銀行では「メタパ」というメタバースモールアプリを使って、次世代情報チャネルとして「SBI Shinsei Meta Space」をバーチャル出店しました。この店舗はお客様の対応をするというよりも、啓蒙活動や認知拡大が目的です。

2つ目は、3月に開催予定の「SBI Neo festival NEXUM 2023」の開催です。これはメタバース空間を舞台にしたe-スポーツの大会で、観客はVR(Virtual Reality:仮想現実)で観戦できます。このイベントで、当社が手掛ける金融事業や地方創生の取り組みについて知っていただく仕掛けを考えています。

3つ目は「SBI Web3ウォレット」です。このウォレットサービスは、これまでのように暗号資産でNFT(Non-Fungible Token:非代替性)を購入するのではなく、日本円だけでNFTの売買を可能とするサービスです。購入したNFTをメタバース空間でそのまま使えるよう、各種サービスとの連携を進めています。

  • SBIホールディングス デジタルスペース室部長 朏仁雄氏

    SBIホールディングス デジタルスペース室部長 朏仁雄氏

小粥氏:野村総合研究所での取り組みはいかがでしょうか。

沼田氏:実のところ、野村グループはメタバース空間で宣伝を行ったことがありません。広告代理店なども含めて社内で議論をしているのですが、これまで対面での接客を基本としてきた当社のお客様と、メタバース空間がどうマッチするのかを考えているところです。

当社のような金融機関は、日本証券業協会のガイドラインに従って広告を運用しなければいけません。3Dのメタバース空間の中でどのような表示であればお客様の役に立てる情報を出せるのかを、今後整理しなければいけないと思っています。

  • 野村ホールディングス 執行役員 デジタル・カンパニー担当兼営業部門マーケティング担当 沼田薫氏

    野村ホールディングス 執行役員 デジタル・カンパニー担当兼営業部門マーケティング担当 沼田薫氏

小粥氏:私はメタバース空間の宣伝チャネルとしての価値について期待しています。勧誘に該当しない範囲で、金融教育に相当する目的で利用するのであれば、メタバース空間は非常に有効だと思っています。

特に金融業界では、顧客にいかに有効なアドバイスを提供するか、そして対価を支払ってもらうかが、ビジネス上の大きな課題の一つです。私は、メタバースはその可能性を高めてくれると思っています。

フェーズ2:金融商品・金融サービスの取引におけるメタバース利用

小粥氏:ここまで話してきたように、メタバース空間を金融商品の宣伝チャネルとして利用することには多くのメリットがありそうです。一方で、メタバース空間で金融商品を売買する場面を想定すると、自身と異なる姿やハンドルネームで利用できるメタバースの匿名性と、厳格な本人確認が必要な金融業界は相反するような気がします。その点、お二人はどう考えていますか。

朏氏:メタバースを利用している方の多くは、いわゆるデジタルネイティブと呼ばれる若い方々です。この世代の方は他の世代よりも金融商品に対する理解が少ない場合が多いので、メタバース空間で金融商品の相談ができるのは非常に良い取り組みだと思います。

先ほど沼田さんも話していたように、メタバース空間内で"何をどこまでやっていいのか"は、今後議論が必要だと思います。ですが、メタバースの匿名性があるからこそ本音で相談できる場合もあると思いますので、取り組みとしては楽しみです。

  • パネルディスカッション

沼田氏:先ほど、当社はメタバースの宣伝チャネル利用に取り組んでいないとお伝えしましたが、実は以前インターネットゲームの「セカンドライフ」に出店していました。最盛期には1日に1000人を超えるお客様が来てくれたこともあります。

当時は野村証券のご案内と、口座開設したい方向けのご説明までしていました。それ以降の作業は当社Webサイトへ誘導していました。お客様とサービスの接点としては非常に可能性を感じており、既存のお客様だけではなく新規のお客様とのタッチポイントとして有効だと思います。

小粥氏:「金融商品をメタバース空間で売買する」というと、ネガティブなことを言う人が多いですよね。やはり皆さんがおっしゃっていたように、メタバース空間で"何をどこまでやっていいのか"を線引きしながら、明確にしていく必要がありそうです。

フェーズ3:メタバース空間ならではの金融商品の開発

小粥氏:ブロックチェーン技術の上に成り立つWeb3時代は、メタバース空間とDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)やDeFi(Decentralized Finance:分散型金融)の組み合わせが期待されます。お2人の期待はいかがでしょうか。

朏氏:先ほど沼田さんがセカンドライフの例を出されていましたが、セカンドライフの通貨である「リンデンドル」はゲーム外に持ち出せず、価値がプラットフォーマーに依存してしまうので、いわゆるWeb2のサービスです。一方のディセントラランドでは土地の「LAND」がトークン化されており、暗号資産を使ってシームレスに売買できます。

以前流行したWeb2時代のセカンドライフとWeb3のディセントラランドが大きく異なるのは、大幅に進歩したコンピューティングリソースと、参加者が自身の資産をトークンとして持ち出せることです。

  • パネルディスカッション

金融商品とブロックチェーンの相性ですが、流出の危険性などを考えるとパブリックブロックチェーンは使いづらいのが現状です。また、マネーロンダリングに使われてしまう課題もあります。

私たちが扱っている金融商品取引法で規制される金融商品をパブリックブロックチェーン上で取引するのは、技術的にはもちろん可能です。しかし「本当にやっていいのか?」は議論が必要ですね。

沼田氏:メタバースと相性の良いWeb3の世界の中で商行為ができるのが、もちろん理想的ですよね。一方で、私たちのようなトラディショナルな金融会社はクリプトネイティブな会社に技術力で勝つのは難しいでしょう。

私たちが持っているのはリアル空間でのノウハウです。KYC(Know Your Customer:本人確認)の経験やマネーロンダリング対策を生かして、メタバース空間上で資産やNFTをいかに安全にやり取りするかといった場面で力を発揮できるはずです。

もしかしたら、将来的にわれわれの業界は金融会社ではなく「お墨付きを与える会社」のような存在になるかもしれません。メタバース空間の中で皆さんが安心・安全な取引ができるようになるための仕組み作りで、トラディショナルな金融会社はノウハウを生かせるのではないでしょうか。

  • パネルディスカッション