日本デジタル空間経済連盟はこのほど、東京都内で「Digital Space Conference 2023」を開催した。同イベントはメタバースをはじめデジタル空間における課題を確認し、今後の展望と理解促進について議論することを目的とする。本稿では、凸版印刷の常務執行役員である中尾光宏氏が語った講演から、メタバースがもたらす社会の変化についてレポートする。

メタバースがもたらすパラダイムシフトとは

講演の冒頭、司会者から名前を紹介された凸版印刷 常務執行役員の中尾光宏氏は、同社が製作したフォトリアルアバターでスクリーンに現れた。「皆さんこんにちは。これからの時間は凸版印刷が進めるメタバースの利活用について説明し、これからのデジタル社会の活動の変化についてお話します」と述べたのだが、なんとこの音声はテキスト入力をAI(Artificial Intelligence:人工知能)で発声したものだった。

  • 凸版印刷 常務執行役員 未来イノベーションセンター長 中尾光宏氏(フォトリアルアバター)

    凸版印刷 常務執行役員 未来イノベーションセンター長 中尾光宏氏(フォトリアルアバター)

改めてステージ上に登場した中尾光宏氏は「今見ていただいたように、アバターがAIによる発声で講演する未来がすぐそこまで来ている。メタバースには無限の可能性を感じている」と強調した。

  • ステージに登場した中尾光宏氏

    ステージに登場した中尾光宏氏

1853年、ペリー提督らが乗る黒船の来航により、日本の生活は文明開化へと大きく舵を切った。中尾氏は日本へのメタバースの到来を黒船来航になぞらえて、「今後さまざまな生活体験が変わり始めることで、パラダイムシフトが起こるだろう」と述べた。

そんな“令和の文明開化”とも呼べるメタバースだが、われわれの生活にどのような変化をもたらすのだろうか。

「メタバースによって物の売り方が変わり、売る物自体も変わり、さらに売り先も変わる。つまり、社会が変わると言えるだろう」(中尾氏)

  • メタバースの普及によって社会が変わるかもしれないという

    メタバースの普及によって社会が一変するかもしれない

リアルとデジタルのハイブリッドにより、社会が拡張するだろうというのが同氏の予想だ。今後訪れるであろうメタバースの普及によりビジネスを展開するには、現実空間と仮想空間で相互にビジネスを展開する必要性が高まる。

ここで重要となるのが、現実空間と仮想空間における価値の共有だ。両方の空間をバラバラに成長させるのではなく、両世界における情報や体験、コンテンツの「価値」を安全に移動させるための取り組みが必要となるそうだ。

今後さらにメタバースを活用していくには、バーチャル空間を作るだけではなく、人が集まる仕組みが必要だ。つまり、現在はメタバースを「いかに使うか」が問われているという。

メタバース利活用の課題としては、知名度の低さが挙げられる。現在のところ、メタバースという言葉は知っているものの内容を知らないという人は7割ほどといったところで、一般的にメタバースが浸透しているとは言えない状況だ。

さらに、メタバースやメタバースに関連する言葉が正確に定義付けられておらず、デジタルサービスと同様のサービスも「メタバース」と一緒くたにされている状況も今後の課題となり得る。また、メタバース開発に着手したはいいものの、開発の目的が曖昧だったために利用者が集まらず、継続的な発展が困難となる例もあるという。

  • メタバースの普及を促すための課題

    メタバースの普及を促すための課題

社会の変化に対応するために、凸版印刷が開発する仕組み

凸版印刷は現在、バーチャル空間用の分身アバター(クローン)が活躍する世界について研究している。主たる研究テーマは、冒頭で紹介したフォトリアルなアバターと、テキスト入力による発話によって実現できるビジネスの実用化だ。

この仕組みを用いることで、特に医師の労働負荷軽減が見込めるという。患者に対する手術や麻酔に関する治療説明をクローンで代替できるためだ。文章や動画での説明と比較して、より人間らしいクローンが話すことで信頼や納得感を与えられるようだ。

さらに、公人や有名人による講演・演説にも使えるとのこと。AIが発話するテキストの地名を変更するだけで、例えば選挙運動においては同時刻に多地点での演説も可能となる。社名や担当者名を変更することで、企業の営業活動にも使えそうだ。

  • 凸版印刷が手掛けるアバター生成システム

    凸版印刷が手掛けるアバター生成システム

ここまでの講演を聞くと、メタバース内でのクローン活用は良いことばかりな気がしてくるが、必ずしも利点ばかりがあるわけではないようだ。メタバース内でのクローンの利用で恐ろしいのは「なりすまし」だ。先に紹介したように、より人らしいアバターによる発言は説得力がある分、なりすましなど悪用されかねない。

そこで同社は、アバターを管理すると同時にアバターの唯一性や真正性を証明するための基盤として「AVATECT」を開発中だ。これは、アバター生成時にeKYC(electronic Know Your Customer)などの仕組みを用いて本人確認を行い、生成したアバターはNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)または電子透かしで真正性・真正性を確認する仕組みである。

中尾氏は「凸版印刷はアバターを作るだけでなくアバターを守る技術も開発し、メタバースにおける時間と空間を拡張するために尽力していきたい」と述べて、講演を結んだ。

  • AVATECTの概要図

    AVATECTの概要図