先ごろ最接近を迎え、いまなお夜空に赤く輝く火星。その赤茶けて荒涼とした世界は、かつては水を蓄え、そして生命もいたかもしれないと考えられている。その痕跡を探す、史上初の試みの第一歩が刻まれた。

米国航空宇宙局(NASA)は2023年1月31日、火星探査車「パーサヴィアランス」が採取した火星の岩石の試料(サンプル)が入ったチューブを、火星の地表に設置することに成功したと発表した。

このチューブは、将来打ち上げ予定の「マーズ・サンプル・リターン」探査機によって回収され、早ければ2033年にも地球に持ち帰ることが計画されている。

  • パーサヴィアランスの自撮り

    パーサヴィアランスの自撮り。地面に設置したチューブも写っている。将来、このチューブを別の探査機で回収し、地球に持ち帰ることが計画されている (C) NASA/JPL-Caltech/MSSS

いつか地球で火星の石を分析するために

パーサヴィアランス(Perseverance)」はNASAが運用する火星探査車で、2020年7月に打ち上げられ、2021年2月に火星の「イェゼロ・クレーター」への着陸に成功。以来、探査活動を続けている。

パーサヴィアランスの目的は、過去の火星にいたかもしれない生命の痕跡や証拠を見つけ出すことにある。

現在の火星は生命にとって過酷な荒涼とした世界だが、いまからおよそ35億年前には温暖な気候で、海や湖、川もあり、生命の居住が可能な環境だったと考えられている。イェゼロ・クレーターも、35億年前には湖だったと考えられており、とくにパーサヴィアランスが着陸した場所の付近は、その湖に流れ込む川が作り出したデルタ地帯でもあったと考えられている。そのため、この場所を探査することで、生命の痕跡が見つかるのではと期待されているのである。

そのために探査車には7つの科学機器と、史上最多となる19台のカメラが搭載されており、イェゼロ・クレーターを走り回り、手がかりの発見に勤しんでいる。

  • パーサヴィアランスの想像図

    パーサヴィアランスの想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

しかし、いかにパーサヴィアランスが最新の探査車とはいっても、車体に搭載できる科学機器の大きさや性能には限りがある。その場ですぐに分析ができるという利点はあるものの、探査機に搭載できる大きさや性能の機器では、あまり多くのことはわからない。

そこでNASAは、火星で岩石やレゴリス(土壌)を採取し、そして地球に持ち帰る計画を進めている。地球にある最新・高性能の装置で分析すれば、探査車で調べるよりも多くのことがわかる。また、そのサンプルを保管しておけば、将来さらに性能が向上した装置で分析し、より多くの発見がもたらされる可能性もある。実際、アポロ計画などで回収された月の石は、現在もその多くが保存されており、新しい装置で分析することで以前はわからなかった新しい発見があったり、新しい理論やモデルが生み出された際にその石を使って検証したりといったことが行われている。

そしてパーサヴィアランスはその準備として、火星のサンプルを採取するというミッションも担っているのである。

火星でサンプルを採取するのは史上初であり、その実現のためパーサヴィアランスにはドリル付きのロボット・アームが装備されている。このドリルの内側にはチューブが内蔵されており、削った岩石のサンプルがそのままチューブの中に入るようになっている。このチューブは丈夫なチタン製で、さらに完全に密閉され、余計なものが入り込まないような仕組みにもなっている。

採取したサンプルを詰め込んだチューブは、ロボット・アームによって探査車の本体側へと運ばれ、そこでリボルバーの回転式弾倉のような装置に入れられる。そして、この装置が回転することで、チューブは探査車の下部へと移動。そこで別のロボット・アームで捕まえられ、最終的にチューブを保管するコンテナ部分に入れられる。

システム全体の部品数は3000以上にもおよび、「宇宙に打ち上げられた史上最も複雑な機構」の異名を取る。

最初のサンプル採取の試みは2021年8月に行われたが、うまく採取できなかった。科学者たちは岩石が想定以上に脆く、粉や小さな欠片になってしまった結果、探査車に収容する前にこぼれ落ちてしまったと推定した。9月にはドリルによる掘削に耐えられそうな硬い岩を探し、あらためて採取に挑み、見事成功。本格的な採集活動に移った。

  • パーサヴィアランスが初めてサンプルを採集した岩石「ロシェット」

    パーサヴィアランスが初めてサンプルを採集した岩石「ロシェット」。採取時にドリルで開けられた穴が見える (C) NASA/JPL-Caltech

火星からのサンプル・リターンの準備

パーサヴィアランスはこれまでの探査活動のなかで、科学者たちが科学的に重要と判断した岩石やレゴリスからサンプルを採取し、チューブに詰め込んだ。この岩石などは火成岩と堆積岩からなり、約40億年前にイェゼロ・クレーターが形成された直後に起きた地質学的プロセスを物語る、素晴らしい標本であると考えられている。

また、火星の大気のサンプルも採取したほか、採取したサンプルが探査車自身に付着している地球の物質で汚染されるリスクに備え、サンプル採取システムの清浄度を記録するための「証明チューブ」も作成した。

そしてパーサヴィアランスは、ジグザグを描くように走行しつつ、ときおり停車し、計10個のチューブを地面に設置していった。この場所は太古の昔、川が湖に流れ込んだときに形成された、隆起した扇形の古代の川の三角州にあり、平らな地形になっている。

また、将来安全に回収するため、各チューブはそれぞれ5~15mほど離して設置。さらに、回収までの間に砂ぼこりで覆われてしまっても見つけられるよう、設置した位置を正確に記録する作業も行われた。

設置作業は昨年末から始まり、そして約6週間が経った日本時間1月30日10時(太平洋標準時29日17時)、最後となる10本目のチューブが、無事火星の地表に設置されたことが確認された。

なお、今回火星の地表に設置したサンプルは、あくまで「バックアップ用」と位置づけられている。メインのサンプルはパーサヴィアランス自身が保持したまま、地球に持ち帰るための回収用探査機がやってくるのを待ち、自ら受け渡すことになっている。ただ、それまでにパーサヴィアランスが故障し、受け渡せないことも考えられる。そこで、その場合には回収用探査機でサンプルを回収できるよう、火星の地表にも設置したのである。

ちなみに、パーサヴィアランスはサンプルを採取した際、同じサンプルを2本のチューブに分けて収めることでペアを作成している。つまり、パーサヴィアランスが持ち続けているサンプルと、地面に設置したサンプルは基本的に同じものであり、どちらを回収しても同じ成果が得られるようになっているのである。

  • 火星の地表に設置された、サンプルの入ったチューブ

    火星の地表に設置された、サンプルの入ったチューブ (C) NASA/JPL-Caltech/MSSS