産業技術総合研究所(産総研)は1月18日、2019年に発表した紫外線~赤外線までの全域で99.5%以上の光を吸収する「究極の暗黒シート」の適用拡大を図ることで、可視光の99.9%以上を吸収する「至高の暗黒シート」を開発したことを発表した。

  • 至高の暗黒シート

    中央が今回開発された「至高の暗黒シート」、右が2019年に開発された「究極の暗黒シート」

同成果は、産総研 物理計測標準研究部門 応用光計測研究グループ 研究グループ長の雨宮邦招氏、同 応用光計測研究グループの清水雄平氏、同 物理計測標準研究部門 光放射標準グループ 研究グループ長の蔀洋司氏、量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 主幹技術員の越川博氏、同 高崎量子応用研究所 先端機能材料研究部プロジェクトリーダーの八巻徹也氏らによるもの。詳細は、科学誌「Science Advances」に掲載された。

  • 発表を行った物理計測標準研究部門 応用光計測研究グループ 研究グループ長の雨宮邦招氏

    左から産業技術総合研究所 物理計測標準研究部門 総括研究主任の市野善朗氏、同 物理計測標準研究部門 応用光計測研究グループ 研究グループ長の雨宮邦招氏、量子科学技術研究開発機構(QST) 量子ビーム科学部門 主幹技術員の越川博氏

暗黒シートは、高エネルギーのイオンビームの照射後にウェットエッチングを行うことで、微細な光閉じ込め構造を形成し、光の反射を極限まで抑えることで実現する技術。究極の暗黒シート開発当時は赤外光で99.9%以上を達成していたが、可視光では99.5~99.7%にとどまり、さらなる性能向上が求められていたという。

  • 光閉じ込め構造の概要

    光閉じ込め構造の概要。サイクロトロン加速器を活用した高エネルギーのイオンビームを当てると、その当たった領域(十数nm)が脆くなる。そこをウェットエッチングすると、上部から削られていくため、理想的な円錐状の孔を形成することができるという。ただ、それを実現するためには、量子科学技術研究開発機構(QST)の有するサイクロトロン加速器の高い制御性能が必要だという (出所:産総研 提供資料、以下すべて同じ)

これまでのブラックカーボンの顔料に樹脂を組み合わせることで、吸収率99.5%以上を達成していたが、詳しく調べていくうちに、ブラックカーボン顔料のそれ以上砕けないミクロのダマの存在が判明。このダマの存在が光の散乱を生み出し、いわゆる「くすみ(散乱光)」を生じさせていることを突き止めたとする。

  • 2019年の究極の暗黒シート開発当時は「くすみ」の存在まで思いが至っていなかった

    2019年の究極の暗黒シート開発当時は「くすみ」の存在まで思いが至っていなかったと雨宮氏は説明しており、実際に作ってみて始めて、その存在を意識したとする

そこで研究チームは今回、素材そのものの変更を検討。暗黒シートになる可能性のあるさまざまな素材を用いて実験を進めていった結果、高分子レベルで黒いカシューオイル黒色樹脂が、顔料を混ぜる必要もなく、散乱が少ないことを突き止めたという。

  • カシューオイル黒色樹脂では粒子がないため、散乱が生じにくい

    カーボンブラック樹脂樹脂だと、粒子が存在しており、それが散乱を生じさせていたが、カシューオイル黒色樹脂では粒子がないため、散乱が生じにくいことが判明した

実際に、カシューオイル黒色樹脂を用いて光閉じ込め構造を形成した暗黒シートを作成して、その半球反射率(鏡面反射+散乱反射)を測定したところ、究極の暗黒シートでは可視光反射率が0.35%ほどであったものが、紫外光から赤外光まで、可視光を含む幅広い波長で、反射率0.02%以下(99.98%以上)を達成したとする。

  • 至高の暗黒シートに紫外光-可視光-赤外光を当てた際の反射率

    至高の暗黒シートに紫外光-可視光-赤外光を当てた際の反射率。いずれの光でも低く抑えられていることがわかる

カシューオイルの樹脂は漆塗りの代用としても用いられるもので、当然、触ることができる。カーボンナノチューブを用いたものに、より反射率を抑えたものがあることが知られているが、こちらは触ることができないとされており、雨宮氏は「触ることができる黒い素材の中では文句なしの世界一の低反射率」であることを強調する。

  • さまざまな用途に適用できる可能性がある

    触っても光閉じ込め構造が壊れにくいため、さまざまな用途に適用できる可能性があるとする

また、その製造方向も、従来の究極の暗黒シートでは、ナノインプリントでいうマスターモールド(CR-39樹脂基板を200MeVのNeイオンビームとエッチングで処理して加工したもの)に、カーボンブラック樹脂を垂らして固めて形成していたが、今回の場合、このカーボンブラック樹脂によって形成されたレプリカモールドを版として用いているため、より安価に製造することが可能になったともする。一般的にナノインプリントでもそうだが、マスターモールドは高価であり、かつ何回も形成を繰り返すと物理的な破損が生じ、使えなくなってしまうことから、それを量産現場などでそのまま適用せず、そこから作られたレプリカモールドを適用してきた。今回の研究では、そうした量産適用も可能な精度をレプリカモールドでも実現可能であることが示されたこととなる。

  • 転写対象の拡大を実現

    究極の暗黒シートは4番までで終えていたのが、至高の暗黒シートでは6番まで行うことで、転写対象の拡大を実現。発表ではあまり取り上げられていなかったが、究極の暗黒シートと至高の暗黒シートの中間的な暗黒シートなども実験的に作成されている

そのため、雨宮氏も今後の方向性として、「具体的な用途開発や実用化に向けた検討を進めていきたい」としており、将来的には光の乱反射を極力抑えたいプロユースのほか、一般用途での光制御・利用技術での性能向上などにも適用を図っていきたいとしている。実際の量産展開は産総研ではできないため、製品に使ってくれるパートナー企業を広く募っていく形となるが、そうしたパートナーに対するサポートも行っていきたいとしている。

なお、技術的な方向性としては、現在、サイクロトロンによるイオンビームの照射で28cm×28cmサイズまでは均一加工ができることが確認されており、マスターモールドの大型化なども期待されるとしている。

産総研が開発した「至高の暗黒シート」のデモの様子