乳製品やチョコレートなど食品の製造・販売事業を展開する明治は、2022年7月13日に経理業務の全領域をペーパーレス化したと発表した。
従来から利用していた会計システム「HUE Classic」をバージョンアップし、一部機能の自社開発などをして新たな会計システムの構築を進めた同社の担当者に、ペーパーレス化プロジェクト推進で気を付けた点や成功要因を聞いた。
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コストや導入期間の短さから既存システムの後継版を採用
明治では経費精算や請求書の処理などを行う際に、従来は現場の従業員が会計システムに必要項目を入力した上で会計伝票を印刷し、レシートや請求書などの証憑を添付して経理業務のシェアードサービスセンター(経理センター)に郵送していた。
だが、日々の業務フローや人材リソースの活用、経理関連書類の保管コストなどの観点から無駄が多いことが課題として挙がり、全社で推進していたIT活用や業務デジタル化の一環で2019年半ばからペーパーレスプロジェクトを開始した。
既存システム(HUE Classic)がペーパーレスに非対応だったことから会計システムの刷新も必須項目となった。RFP(提案依頼書)を基に複数ベンダーからの提案を受け、バージョンアップ費用がかからず、現行業務への影響を最小限に抑えられ、短期間での導入が実現できることから後継版の「HUE」を選定した。
現在は会計システム内で作成した会計伝票に、クラウド請求書受領サービス「Bill One」で代行受領した証憑のPDFを添付して会計処理を進めており、各種データと共に経理作業の内容もデジタル保管されている。
明治 デジタル推進本部 情報システム部 業務1グループ長 兼アカウンティングイノベーションPT 河合利英氏は、「更新の目的がペーパーレスの実現なので、そこに関連しない部分は大きく変更したくなかった。また、導入期間やトレーニングにかかる工数も、新規導入に比べて短期間で済むことが見込まれたため、今回はバージョンアップを選択した」とシステム選定の理由を説明した。
外部システムと連携した証憑連携など、パッケージで足りない機能についてはシステム導入と並行して開発を進めた。
例えば、営業所や工場で利用する業務システムは明治が自社開発したもので、従来では販促費やリベートなどの会計に関する情報は業務システムに入力して、請求書やPDFを添付した上で会計システムと連携して会計計上するフローだった。
しかし、HUEには周辺システムから証憑を含めた連携機能が無かったため、伝票に自動添付できる機能を追加開発し、業務システム側の改修も行った。
河合氏は、「当社で開発を行う部分とHUEが開発する部分があり、片方の要件が決まらないともう片方は動けないことが多々あったので、リリース直前まで追加機能の調整を行った。また、電子帳簿保存法対応に向けて情報も精査し、現時点でどこまで関連機能を実装するかも検討した」と振り返った。
情シスと経理の専任メンバーがプロジェクトを推進
会計システムの入れ替えは構想で約半年、プロジェクト推進の体制整備で約半年、現状調査からシステム導入までにおよそ1年半の時間をかけた。
プロジェクトの推進メンバーは、本社の経理部から専任メンバーが6人参加したほか、情報システム部門からは河合氏を含めて3人と、現場からの意見を取り入れるため経理業務の経理センターから兼任メンバーとして4人が参加した。
「多くのプロジェクトは現行業務をやりながらの兼任で進めるが、専任メンバーを多くアサインできたことでプロジェクトのコントロールがしやすくなった。また、社長直下のプロジェクトだったため関係各所に話を通しやすかった」と河合氏。
情報システム部からは河合氏が兼任で参加したが、他のメンバーは他のプロジェクトに複数関わっているため会計システム刷新プロジェクトへの参加が難しい。そこで、明治の業務改革支援に長く関わっていたアイズ・イノベーションから2人の人員が派遣され、情報システム部門に所属してプロジェクト立ち上げ当初から専任メンバーとして関わっている。
そのうちの1人、明治 デジタル推進本部 情報システム部 業務1グループの林美萩氏は、「経理業務メンバーだけの打ち合わせにも参加していたので、業務要件を十分に理解することができ、システム要件を固める際に認識ズレや手戻りを少なくできた」とプロジェクト当初を振り返った。
経理業務全領域のペーパーレス化となると実業務における変更点も多くなるため、現場の関係部署の巻き込みが重要になる。
その点、明治では経理センターから「本社・工場」「営業支社」「グループ会社」「請求管理」と複数分野の経理業務担当者が参加し、現場視点で問題提起をしたことで実装機能と運用とのギャップに気付けたという。
例えば、小切手による支払いや電話代などの納付書払いなど、ペーパーレス化を進めても書類を使用する支払い業務は残ってしまう。また、営業がリベートの計算をした際の根拠となる計算資料のように、証憑連携しないものの会計に絡む書類も存在する。
新たなシステムでは、そうした、業務運用上、HUEに保存できない証憑類に関しては、外部のストレージサービスを新たに契約し、データの漏えいや削除が発生しないようストレージにはアップロードのみ可能なロールを与えた。
「現場からの意見を反映せずに導入して運用を現場任せにしていたら、実務上の疑問や要望が頻出して、業務実態に沿わないシステム導入になっていただろう。経理センターから参加したメンバーはシステム刷新の背景やペーパーレスの目的なども理解しているので、導入後のユーザーサポートやQ&A対応でも協力してもらっている」(林氏)
データを基にした自動チェック機能で経理計上ミスを防止
会計システムの刷新に合わせて、明治では承認フローにも変更を加えた。従来、現場で起票した後は所属長と経理センターによる二段階の承認を行っていたが、経理センターの作業の省力化を目指して、経理承認の大部分を自動チェックに置き換えた。
作業省力化による間違った経理計上の発生を防ぐため、新たな会計システムには自動チェック機能を自社開発した。同機能では、会計システムから抽出した経理処理データを用いて、「ルールに則った経理計上が行われているか」をチェックする。
例えば、取引先への支払いが前年の実績比で150%以上金額が高くなっているケースを発見したら経理センターの担当者にアラートが届く。会計伝票と照会して誤りがあった際は、営業担当者に訂正依頼の差し戻しが行われる。
今後は自動チェック機能が捉えたエラーをその都度ルールマスタに登録し、チェック対象の項目を整備していく。
一方、ペーパーレス化を進めたことで、現場の業務フローにも想定外の変化も起こっているという。紙による管理では1枚の会計伝票に複数の経理処理内容を入力し、複数の証憑を添付していた。しかし、ペーパーレス後はPC画面上でのチェックや管理のしやすさから、1枚の会計伝票に1枚の証憑を紐づける「一件一葉(いっけんいちよう)」の管理が現場で採用されているそうだ。
「ペーパーレス導入でユーザーの考え方や作業内容が変わると、検討段階では想定していなかった。今後はデジタル移行で起こることや業務への影響を考慮して、会計システムの拡張や業務改善を進めていきたい」と河合氏は語った。