原子核衝突実験で生成されるような高速回転した物質の性質を数値計算によって解き明かすためには、符号問題を回避するために一旦、角速度を虚数にした仮想世界を経由する必要があるという。たとえば、通常の世界では時間と空間は区別されているが、時間を虚数に取った仮想世界では虚数時間はあたかも空間の一部のように見なすことが可能だ。そこで研究チームは今回、虚数角速度が虚数時間と同じように空間の性質と見なせることを指摘し、十分な高温状態に対して信頼できる理論計算を実行することにしたとする。
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クォーク・グルーオン物質の相図の模式図。高温・高密度(曲面の上側)では非閉じ込め相が実現する。実数角速度の効果は高密度と同様だと考えられている。本研究では虚数角速度を考えることで、高温にもかかわらず摂動的に閉じ込めが実現する新奇物質相を見出した。この新奇物質相は低温・低密度の閉じ込め相と連続的につながっていると予想される(出所:東大Webサイト)
閉じ込めを引き起こすような背景ゲージ場(真空に自発的に誘起されるグルーオン)の関数としてポテンシャルエネルギーの計算が行われると、背景ゲージ場がゼロとなるときにエネルギーが最も小さくなる。すなわち、摂動計算が役に立つような十分な高温状態では常に背景ゲージ場がゼロとなり、非閉じ込め相が最も安定になるという。実際に先行研究では、約2兆度を超える超高温ではクォークとグルーオンが閉じ込めから解放されていることが知られていた。
ところが今回の研究の計算により、虚数角速度を大きくしていくと、ある臨界値でポテンシャルエネルギーが反転して、閉じ込め相に対応する非自明な背景ゲージ場の値がエネルギーを最小にすることが判明したのだという。
臨界値以上の虚数角速度に対しては、2兆度を超えてどれだけ温度を高くしてもクォーク閉じ込めが実現しており、こうした直感に反する性質を持つ新奇物質相の発見は、「弱結合の高温状態では閉じ込めが失われる」といった常識を覆す発見だという。
これまで、高温高密度のクォーク・グルーオン物質から閉じ込めの性質を調べるには、相転移を超えないと閉じ込め相にアクセスできないことから、従来の摂動計算には限界があった。しかし今回の研究によって、虚数角速度を持つ仮想世界を経由することで、クォークとグルーオンの閉じ込め現象について、信頼性の高い摂動計算のできる高温側から、未解決問題となっている低温側へと相転移なくアクセスできる可能性が示され、閉じ込め機構の解明に向けてまったく新しい研究の可能性が開拓されたとする。
今後は、角速度を虚数から実数へと滑らかに変化させて仮想世界から実世界へと適用範囲を拡張することで、原子核衝突実験のデータ解析や高速回転する天体の構造計算への応用が期待されるとした。