東京理科大学(理科大)は12月2日、AIと物理モデルを融合させた「拡張ランダウ自由エネルギーモデル」を用いて、電気自動車(EV)の駆動効率を決定付ける重要な磁気機能である「保磁力」のメカニズムを解析することに成功したと発表した。

  • 理科大が開発を進める「拡張ランダウ自由エネルギーモデル」

    理科大が開発を進める「拡張ランダウ自由エネルギーモデル」(出所:理科大Webサイト)

同成果は、理科大 先進工学部のAlexandre Lira Foggiatto研究員、同・國井創大郎大学院生(研究当時)、同・三俣千春客員教授、同・小嗣真人教授らの研究グループによるもの。なお詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学を扱うオープンアクセスジャーナル「Communications Physics」に掲載された。

「軟磁性材料」は、磁場をかけると磁石になるが、磁場を除くと磁力を失う材料のことである。近年では電気自動車(EV)の普及に伴い、モーターや変圧器などに使用される材料として自動車業界から注目されている。EVの電費(燃費)向上には、モーターの駆動性能の改善が不可欠な中、そのためには軟磁性材料のエネルギー損失を下げる必要があり、中でも保磁力を抑制することが重要な鍵となるという。

この保磁力は磁壁の動きやすさによって特徴づけられ、材料の微細構造に大きな影響を受けることがわかっている。しかし、実材料の磁壁は極めて複雑な挙動を示すため、保磁力のメカニズムはまだ完全には解明されていない。古典的な「ギンツブルグ・ランダウ理論」は均一な物質を前提としているため、実材料の保磁力の解析は極めて困難だ。特に、金属組織の界面や欠陥は保磁力に大きな影響を与えるため、産業応用における大きな課題となっていたとする。そこで研究チームは今回、AIと物理モデルを融合させた「拡張型ランダウ自由エネルギーモデル」を設計し、実材料の保磁力メカニズムの解析を試みたという。

拡張型ランダウ自由エネルギーモデルは、物理に根差した特徴量を用いて情報空間上にエネルギーランドスケープを描画するのが特徴。単純な変数変換と微分によって、磁区構造変化とエネルギーの関係性を構築することが可能である。そこでまず、同モデルの設計と応用が行われた。今回の研究では、計算データと実験データの両方を用いてモデリングが行われ、実用的な保磁力解析モデルの設計が行われた。

次に、パーマロイ薄膜の磁区画像をシミュレーションと実験の両方によってデータの生成がなされた。得られた画像の特徴量がフーリエ変換で抽出され、解釈性の高い機械学習を用いて、複雑な磁区構造の変化が二次元平面上に可視化された。また画像から磁気的な自由エネルギーが算出され、得られた情報を融合して情報空間上に新たなエネルギーランドスケープが描画された。

その結果、ミクロな磁区構造とマクロな保磁力を、階層を超えて双方向接続することに成功したという。さらに、保磁力を高精度で予測することも実現し、その物理的な起源の解釈に成功したとする。このように計算データを用いて基本原理が設計され、実験データを利用することで実用的な解析モデルを実証することが達成された。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:理科大Webサイト)

今回の研究は、これまで未解明だったモーターの駆動効率を決定付ける保磁力のメカニズムに迫るもので、クリーンエネルギー社会に向けた礎となる成果とする。同時に実材料における「拡張型ランダウ自由エネルギーモデル」のPoC(概念実証)として初めての例となるとした。同モデルは、今回のような単純な系だけでなく、複雑なメカニズムで駆動するさまざまな材料にも利用できることから、今後、幅広いものづくりに貢献することが期待されるとした。