デジタルの波があらゆる産業に押し寄せており、デジタルをどう取り入れて改革をするかが企業の重要課題となっている。これを解決していくには、どのような考え方が必要なのだろうか。7月22日、オンラインで開催された「TECH+フォーラム 製造業 DX Day 2022 Jul. 持続的な競争優位性を構築する」で、東京大学大学院 工学系研究科 教授の森川博之氏が解説した。

DXを実現する上で気付くべき「ループ」

森川氏はまず、「新型コロナウイルス感染症により社会観や世界観が変化した。これにデジタル技術が加わって世の中が変わっていく」と切り出した。実際、配達ロボットやeスポーツなど、コロナ禍前には大きな市場になると予想されていなかったような分野が成長している。

「感覚が変わったのです。これが次の世界のイノベーションにつながるでしょう」(森川氏)

次に「DXとは何か」として、その仕組みを解説した。DXが推進される産業セグメントには製造プロセス、移動のモビリティなどさまざまな分野があるが、共通しているのは、リアルな世界からデータを収集し、サイバー空間上でデータの蓄積と分析を行い、リアルな世界にフィードバックするというループだ。これにより、リアルな世界とサイバー空間が相互に連関可能となる。

  • DXの仕組み

IoT、5G、AIなどのデジタル技術は、いずれもループを回すためのツールの1つであって、その利用は必須ではない。森川氏は「このループに気が付くかどうかがデジタルの最も大切なところ」だと説明。「このようなループは職場や生活の周辺にたくさんありますが、普段は気が付かないのがデジタルの面白いところであり、悩ましいところです」と続けた。

では、気が付くための起点はどこにあるのか? 森川氏はその答えをリアルな世界、つまり現場だと言う。

「現場が抱えている課題やイシューが起点となり、ループに気が付くのです」(森川氏)

現場が業務をしながらループを意識し、気が付き、回していく。これまでITやICTは総務や情シス部門が管理・活用するものだったが、「現場がデジタルテクノロジーを活用していく時代になってきた」と森川氏は見る。

デジタルとマーケティングの類似点

デジタルのループに現場が気付くためには、どうすればいいのか。その方法の1つとして、森川氏は「業務プロセスの棚卸」を紹介。土木建築業界であれば、企画、設計、物流、施工、維持管理などの膨大な業務フローを1つずつ棚卸しし、デジタル化できるのかどうかを地道に考えていくという例を挙げた。

一方で、業務の担当者だけで棚卸しを行うことは難しい。担当者は当たり前のように日々業務をこなしており、客観的な目線を持ちづらいためだ。そこで有用なのが「別の視点を取り込むこと」である。

これらを説明した上で、「DXはマーケティングと近いところがある」と森川氏は指摘する。その根拠として「ビジネスの目的は顧客の創造である」(ピーター・ドラッカー)、「隠れたニーズを見出して具体的に存在できるのが賢明なマーケター」(フィリップ・コトラー)、「顧客のジョブに焦点を当てることで、新たなニーズ、イノベーションのニーズが見えてくる」(クレイトン・クリステンセン)など、マーケティングの大家の言葉を引用し、「技術者、研究者、エンジニアなどもマーケティングの意識を持っていることが、業務プロセスにデジタルを導入するにあたって重要なのではないか」と述べた。