世界最大級の機械学習コンペティションプラットフォーム「Kaggle」。企業や研究者から出題されるお題やデータに対し、世界中のデータサイエンティストやエンジニアが予測モデルの精度を競う。

1000万人以上の登録者を有するKaggleだが、登録者にはランクが設けられており、コンペなどでメダルを獲得することでランクの昇格ができる。Kaggleの参加者はKaggler(カグラー)と呼ばれる。

Kagglerのランクは下から順に「Novice」「Contributor」「Expert」「Master」「Grandmaster」。当然、上に上がるほど人数は少なくなり、最上級のGrandmasterは世界に255人しかいない(2022年7月時点のCompetitionsカテゴリの数値※1)。

そんなKaggleのGrandmasterが4人、Masterが3人在籍している企業が京都にある。

京セラコミュニケーションシステム(KCCS)傘下のRistだ。

Ristは画像AIに関する事業やデータ分析事業を展開している。売り上げの85%は東証一部上場企業またはその関連会社となっているといい、最近では、大手企業の中でも現場部門ではなくDX推進部門、研究開発部門、生産技術部門が、自社の人材だけでは解決できない「高難度な案件」をRistに依頼してくることが多いという。

同社の開発実績としては、自動車用バックミラーで国内シェアトップを誇る村上開明堂のバックミラー製造工程にRistが開発したAI画像解析技術が使用されているほか、2021年には東急リバブルと共同で、査定担当者と同等水準の査定価格を算出できる高精度の「マンション価格査定AI」を開発している。

今回、Ristに在籍するKaggle Grandmasterの大越拓実氏と代表取締役副社長を務める長野慶氏にお話しを伺う機会を頂いた。

Ristはどのようにして優秀な人材を集めているのか、集めた人材でどのように事業を拡大していくのか、Ristの人材戦略に迫る。

Kaggle、Grandmasterへの道のり

Kaggleの最上位、Grandmasterの大越氏は大学在籍時からKaggleに参加。これまで60個以上のコンペに参加しているという。Kaggleでの現在のランクは世界16位(Competitionsカテゴリでの順位)だ。

  • RistのKaggle Grandmaster、大越拓実氏

    RistのKaggle Grandmaster、大越拓実氏

大越氏「Kaggleを始めたてのころは、経験が浅かったので、高度な手法はあまり知りませんでした。最初に参加したコンペが“個人が翌年に自動車保険の保険金請求をするかを予測する”というもので、最初は何をやっていいのかわからず、Kaggle上でのほかの参加者のやり取りを見て、見様見真似で試しました。

その後もKaggleを続け、上位に浮上した際に、アメリカでKaggleを長くやっていて、当時すごく強かった方にチームに誘われ、そのチームでの取り組みについていく中で、その人の知識などを吸収することができました。それ以降はワンランク上のところで戦えるようになりましたね。

Grandmasterになるためにはゴールドメダル※25枚を取得しなければならず、加えてそのうち1枚はソロ参加という規定がありますが、それまでいろいろな人と組んで得た知識が生きて、ソロでもゴールドメダルを取ることができ、始めてから2年ちょっとでGrandmasterになりました。」

2年ほどでGrandmasterになったという大越氏。今まで1番印象に残っているコンペについて聞いてみた。

大越氏「1番印象に残っているのは2022年の始めに出たヨーロッパのSartoriusという会社が出題したコンペで、顕微鏡画像から、どこに細胞があるかを検出するものですね。これはRistのメンバーと2人で参加しました。

今まで画像から人や車を認識するコンペはたくさんありましたが、細胞は1つ1つが小さくて、1つの画像に写っている数が膨大という、今までとは異なる技術が求められる課題でした。その中で試行錯誤するのがすごくおもしろかったですね。

1か月くらいいろいろ試して、いい発見ができ、優勝もできたので思い出深いコンペです。

あとは、“Kaggle Days”というオフラインのコンペです。普段はオンラインプラットフォーム上でやり取りするので、回答期間が3カ月ほどあるのですが、Kaggle Daysだと4時間くらいしかなく、お題を聞いたらすぐに回答を始めます。

オフラインイベントなので、周りの参加者が熱中して解いている姿などが見れて楽しかったのと、もともとオンライン上でやり取りしていた外国の方やランキングでよく見る方が会場にいるので、交流もできて嬉しかったですね。」

サーバー貸与や業務時間でのKaggle参加OKも「Rist Kaggle制度」とは

Kaggleで極めて優秀な成績を収める大越氏。だがRistには大越氏のほかにGrandmasterが3人、Masterが3人も在籍している。

彼らを含むRistのKaggleチームで獲得した総メダル獲得数は2022年8月時点で104と、数多くの実績を残している。

Ristの代表取締役副社長、長野慶氏は「Ristに入れば、トップレベルの技術者から直接学びながら仕事ができるため、技術力の研さんに絶好の環境ということでRistに入りたいという人も多いですね。Ristの技術力を高いレベルで維持するために、採用面接時のスキルチェックは厳しくしています。また、学生インターンも採用していますが、応募時点ですでにある程度の専門スキルを備えていることを求め、選抜するようにしています」という。

  • Ristの代表取締役副社長、長野慶氏

    Ristの代表取締役副社長、長野慶氏

では、優秀なKagglerを集めるためにRistではどのような工夫をしているのだろうか。

1つは「Rist Kaggle制度」だ。同制度は、採用時にGrandmasterだと業務時間の50%を、Masterだと30%をKaggleの活動に充てることができるという制度だ。

  • Rist Kaggle制度の条件とランクによるKaggleの業務割合(出典;Rist)

    Rist Kaggle制度の条件とランクによるKaggleの業務割合(出典;Rist)

それも恒久的ではなく、1年に1回更新審査があり、Sランクはゴールドメダル2枚(うち1枚以上はソロ参加でのゴールドメダル)、Aランクはゴールドメダルが1枚かシルバーメダル3枚を取得することが条件となる。

長野氏「Ristのメンバーは参加する多くのコンペで優勝争いをする力があり、ゴールドメダルは結構簡単に取ってくるので、更新条件がちょっと甘いんじゃないかと勘違いしてしまう時がありますね(笑)。客観的にはかなり厳しい更新条件だと思います。」

また、対象者のうち希望する人には1人1台、高性能なサーバーをKaggle用に貸与する制度も設けている。それに加え、2022年にはなんと1台2000万円以上もする、さらに高性能なサーバーを購入し、Kaggleにも活用しているという。

長野氏「2000万円以上もするサーバーは1人1台は割り当てられないのですが、業務だけでなく、Kaggleにも活用できるようにしています。また、Rist所属のKagglerは、個人で自宅に1台200万円くらいのサーバーを所有していたりもするのですが、サーバーは毎年のように性能がよいものがリリースされます。個人で毎年のように買い替えることは不可能だと思うので、会社で性能のよいサーバーを購入したらまずはKaggle用に使ってもらい、その後業務用に転用するようなサイクルも回し始めています。」

そして2022年5月から新たに開始した制度が「Kaggle報奨金制度」だ。

全社員を対象に、一定規模以上のコンペにおいて上位に入賞した場合、その成績に応じて会社から最大200万円の報奨金を支給する制度だ。

  • Rist Kaggle制度について話す大越氏(左)と長野氏(右)

    Rist Kaggle制度について話す大越氏(左)と長野氏(右)