5月29日、世界最大級のMATLAB、Simulinkの総合テクノロジカンファレンス「MATLAB EXPO 2025 Japan」が東京・台場で開催された。基調講演には、ルネサスエレクトロニクス株式会社 取締役 代表執行役社長 兼 CEO 柴田英利氏が登壇。「ルネサスが考える電子機器設計の未来とUX、デジタライゼーション」と題して、ルネサスが見据える電子機器設計の未来を展望した。また、会場では20を超えるセッションとブース展示が行われたが、そのなかから、東京電力リニューアブルパワー株式会社 水力部水力企画グループ 兼 技術業務革新推進室カイゼン・DX推進グループ 石垣 顕氏による「未来の水力発電オペレーション:マルチエージェント強化学習で匠の技に迫る!」および、ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部イノベーションセンター 先行開発部 ロボティクス第1グループ 平松敏史氏による「次世代作業機のプロトタイプ開発におけるMATLABの活用」の内容をダイジェストでお届けする。

  • イベントの様子

UX・デジタライゼーションを最重要戦略に位置づけるルネサス

AIに代表されるインテリジェンスがさまざまなデバイス、ソフトウェア、システムに実装されるようになり、ものづくりのあり方が大きく変わろうとしている。そんななかUX・デジタライゼーションを最重要戦略に位置づけ、新たな変革に向けた取り組みを加速させているのがルネサスエレクトロニクス(以下、ルネサス)だ。

「To Make Our Lives Easier」をパーパスに掲げ、自動車、産業、インフラ、IoTの4つの領域で事業を展開する同社は、センサーやムーブ/ストア(Wi-Fi、Cellular、RF、NVDIMM)、コンピューティング(MCU、MPU、SoC)、アクチュエーター(モーター、PMIC、IGBT/MOSFET、FPGA)などシグナルチェーン全体に渡る豊富な半導体製品を提供する。また、アナログ+パワー+組込みシステム+コネクティビティを中心に、さまざまな製品ポートフォリオを組み合わせた検証済みかつ網羅的なソリューションを展開。

代表執行役社長 兼 CEOの柴田英利氏は同社のビジネスの特徴をこう話す。

  • 柴田英利氏の写真

    ルネサスエレクトロニクス株式会社 取締役 代表執行役社長 兼 CEO 柴田英利氏

「30カ国以上に拠点を持ち、社員は約2万3000人、昨年の売上は1兆3485億円です。売上構成としては自動車が半分を占めており、MATLABを利用しているような自動車のお客様には日頃からお世話になっています。ただ、近年はAIデータセンターのパワーまわりもインフラ領域における私たちの主要なビジネスですし、IoTや産業も重要なセグメントになっています」(柴田氏)

もともと幅広い製品、テクノロジーを保有していたルネサスだが、幅が広いだけに顧客のニーズにうまく応えられないこともあったという。

「ソリューションとして『使いにくい』という声を多くいただいていました。そこで少しずつ製品やテクノロジーの整理を進めてきました。また、2017年からは米国・欧州で企業買収を積極的に進め、もともとコアとして持っていたマイコンやSoCなどのエンベデッドコンピュートを取り囲むようなデバイスを加え、ハードウェアのポートフォリオを拡充してきました。そして、『使える』ソリューションとして皆さんに届けることを目指してきました」(柴田氏)

さらに、2024年には、PCB設計ソフトウェア企業であるAltiumの買収を行い、 UX専任の組織を新設するなど取り組みを加速させた。ハードウェア企業であるルネサスが、ソフトウェアの企業を買収した背景には「エレクトロニクスのシステムデザインをエンドツーエンドでデジタル化して使いやすいものにしていくというビジョンがあった」と柴田氏は述べる。

MATLAB、Simulinkを活用したシミュレーション環境を提供

そのうえで柴田氏は、半導体に関する近年の報道について、工場などのハードウェアの話題に偏っているという印象を受けると指摘した。

「たしかにハードウェアとしてのモノを作ることは大事ですし、安全保障の観点でも技術的なアドバンテージとして語られることが多いです。ただ、ものづくりは、それだけで語り尽くせるわけではありません」(柴田氏)

テクノロジーの競争優位性は、技術的なアドバンテージだけでなく、ユーザビリティや周辺環境とのかけ算によって生み出されると主張する。

「ハードウェアというテクノロジーをもっと使えるようにしていかなければならなりません。もちろん、その先にはエコシステムやレギュレーション、データアクセスなどコンピュートにとどまらない領域があります。MathWorksのソリューションは本当に幅広いですが、ルネサスの視点で見るともっとも直接的に関係があるのがユーザビリティです。私たちは、マイコンや、SoCなどをみなさんがもっと使いやすいようにしていこうとしています」(柴田氏)

その1つの事例として、MATLAB、Simulinkを活用したADAS(先進運転支援システム)における衝突回避のアルゴリズムのシミュレーション環境の提供を挙げた。

  • 図版

「ルネサスのSoCのモデルベースにコードを生成し、それをシミュレートできます。これまでは環境を自社で用意したり、ハードウェアに備わるツールを使ったりしていました。ただ、インドや中国などの新しいお客様との会話を増やすなかで、新しい開発環境が必要だと感じるようになり、提供することにしました。MathWorksと協力しながら、こうしたモデルベースデザインを推進するためのツールをどんどん提供していきます」(柴田氏)

柴田氏によると、エレクトロニクス業界におけるモデルベースデザインの導入は遅れが目立つ状況だという。半導体デバイス、FA、工場などの取り組みと比べると、世界的にも導入が進んでおらず、「10年前の半導体デバイス」の近況に近いとする。

「少しずつ取り組みが進んできているものの、とくにエレクトロニクス業界に携わっていない経営層やシステムのユーザーにとっては、エレクトロニクスの領域はまだまだブラックボックスです。半導体デバイスのメーカーとして、エレクトロニクスをもっと使いやすいものにしていきたい。これがうまくいくと、われわれの半導体デバイスへのニーズも増えますし、競合を含めたサプライチェーンのパートナーにも環境を提供することで、エレクトロニクス業界全体でサブシステムの民主化につなげていきたいと考えています」(柴田氏)

世界中の顧客、パートナーを「ラク」にする「Renesas 365」を展開

エレクトロニクス業界におけるモデルベースデザインの推進には課題もある。ツールやプラグイン、ソリューションが断片化し、複数を使い分ける必要があることや、デザインの複雑性がますます高まっていること、複雑化が進むなかでタイムトゥマーケットが速まっていることなどだ。

「洗練されたツールはありますが、それを使うには知見も人手も必要です。私たちが目指しているのは、一部のエキスパートだけでなく、幅広い人たちが理解して、使って、参加していくことができる世界です。コンピュータがENIACからクラウドに移行してきたのと同じように、エレクトロニクスのサブシステムを誰でも簡単に使えるようにすることです」(柴田氏)

そうした野心的なチャレンジの第一歩として、ルネサスが紹介したのがシステムデザインからライフサイクルマネジメントまで統合したクラウドベースのソフトウェアプラットフォーム「Renesas 365」だ。買収したAltiumがもともとPCBのデザインソフトウェアに強く、パーツ検索のプラットフォームも持っており、ライフサイクルマネジメントの機能の開発も進めている。それらを統合してAltium.Xとして提供することで、Altiumをプラットフォームの会社に変えているところだという。このプラットフォームを、ルネサスで使うほか、競合やサプライチェーンパートナーにも提供していく。

  • 図版

「開発ツール、ライフサイクルマネジメント、パーツ検索ツール、データがシームレスに統合されます。開発において変更や更新、トラブルが起きた場合、その情報はプラットフォーム全体にフィードバックされ、どこにどんな影響があるのかをリアルタイムに把握できます。今までは我々のシリコン(半導体デバイス)を評価いただく場合、資料だけを見るか、モノだけを見るか両極端でした。Renesas 365でそのギャップを埋めていきたい。身近な開発からクイックに始めて、少しずつより洗練された複雑なシステム開発にも使えるようにしてきたいと考えています」(柴田氏)

Renesas 365は、2025年3月にドイツで開催された「embedded world 2025」で初めて開発が明かされ、2026年に正式リリースする予定だ。

  • 柴田英利氏の写真

そのうえで、柴田氏は今までと未来について、以下のように語った。

「2000年頃までは、システムLSIがあり、黒物家電や、iモードが強いという世界でした。しかし、スマートフォンの登場とともに世界が変わり、コンピュート、ソフトウェアデファインドによってEmbeddedの世界も引っ張られる時代になりました。私たちも遅ればせながら1つ1つデジタル化に取り組み、使いやすい、ユーザビリティの高いソリューションを提供し始めています。お客様やパートナー、世界中の全員がラクに開発を進められる環境を提供していきます」(柴田氏)

また、商材のユーザビリティを高めていくために以下のように締めくくった。

「紹介したソリューションが、他社と比べて本当に使いやすいかどうか、声を届けていただきたいです。声が大きければ大きいほど私たちの推進力となります。お客様のビジネスのサイクルを加速させることにもつながりますし、より使いやすいものになっていくので、ぜひ声をお届けください」(柴田氏)

東京電力リニューアブルパワー、ヤンマーホールディングスの活用事例

東京電力リニューアブルパワーのセッションでは、ダム運用における再生可能エネルギーの活用に向けて、複数ダム運用を最適化するAIモデルを開発した事例が紹介された。

東京電力リニューアブルパワーは、東京電力で、水力、太陽光、風力などの再生可能エネルギー発電に特化して事業を行う企業だ。発電所を168カ所、約985万kWの出力設備を保有し、2024年から東京電力が進めるDX戦略に沿ってダムのモニタリング活動などを進めてきた。その一環として取り組んだのが、ダム運用の高度化と再生可能エネルギーの活用促進だ。ダムでは、冬から春先にかけて雪解けで水量が増すが、従来は、増した分が放流され、発電に使われなかった。未利用になる水を事前に使うことができれば、ムダなく利用できるようになる。

「ダム運用はダム管理者のもと、匠の技によって行われています。再生可能エネルギーを活用する際には、治水・利水の制約を満たしながら、未利用の水資源を最大化する必要があります。また、同一水系に複数のダムが存在するため、複数のダムが連携した運用案を考える必要があります」(石垣氏)

  • 石垣顕氏の写真

    東京電力リニューアブルパワー株式会社 水力部水力企画グループ 兼 技術業務革新推進室カイゼン・DX推進グループ 石垣 顕氏

そこで取り組んだのが自社で開発した複数ダム運用を最適化するAIモデルだ。深層強化学習を利用し、利根川水系の複数ダムを考慮した水収支モデルをつくり、Simulink上でシミュレーションした。その際、制約条件や入力値が複雑なため、マルチエージェント型意思決定モデルを採用した。

「この結果、CO2削減量として約1万トンを見込むことができました。この最適化結果はシミュレーションですが、今後は実際のダム運用や発電計画にどう落し込むかを引き続き検討していきます」(石垣氏)

ヤンマーホールディングスのセッションでは、次世代作業機のプロトタイプ開発でMATLAB、Simulinkを活用した制御開発、力制御機能の開発でSimscapeを活用した初期検討を行った事例が紹介された。次世代作業機は、従来の建設機械では難しかった、手作業による精密な動作を実現する建設機械だ。

  • 機械の写真

「労働力が不足するなか、機械化が進んでいない手作業領域への対応が急務です。従来の建設機械は力を検知できず、位置合わせのみの作業でした。『いなし』と『ならい』機能を備えることで、対象とツールの間に発生する力を適切に扱うことを目指しました」(平松氏)

  • 平松敏史氏の写真

    ヤンマーホールディングス株式会社 技術本部イノベーションセンター 先行開発部 ロボティクス第1グループ 平松敏史氏

たとえば、U字溝の敷設では、人が行うように設置時の外力をいなし、表面をならえることができるという。プロトタイプは、2.5トンクラスのバックホウを改装して電動化し、腕の関節には油圧ではなくモーターとバネを使うSEA(直列弾性方式)を採用。MATLAB、Simulinkでアルゴリズムのモデリングと機能性検証を行い、アクチュエーターはSpeedgoatを用いたRCPシミュレータを使った実機ベースでテストした。マイコン向けコードはEmbedded Coderで自動生成し、足まわりの油圧部の制御を実装した。

「次の新機能の実装と検証に向けてプラントモデルの開発も実施しました。また力制御のシミュレーションのためにSimscapeを利用したモデル構築にトライしました。従来から行っていた1-Dシミュレーションを活用したプラントモデル開発では、作成に多大な工数がかかっていましたが、Simscapeを利用することで、3Dモデルから簡易にモデル出力が可能で、詳細化の調整、解析時間の短縮、他機種への展開が可能になりました」(平松氏)

さまざまな製品を活用した事例講演が行われたMATLAB EXPO。今後の新たな展開に期待を持たせてくれるイベントとなった。

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基調講演や一部講演を除き「MATLAB EXPO 2025 Japan」での講演をオンラインで限定配信を予定している。見逃した講演やもう一度聴講したい講演があれば、チェックしてみてください。

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