そこで、今回はフッ素ガスを用いることで、複数のフッ素原子を一挙に結合させる手法を検討することにしたという。

しかし、有機合成化学の分野においてフッ素ガスは、有機化合物と爆発的に反応するために制御が難しいとされ、これまでほとんど扱われてこなかったとする。そこで今回は、AGCが開発した、フッ素ガスの反応性を制御しながら有機化合物にフッ素原子を導入する技術「PERFECT法」を用いることにしたという。その結果、8つのうち7つのフッ素原子を同時にキュバンに結合させることに成功したとする。

残り1つのフッ素原子もさらなる化学反応によって導入され、全フッ素化キュバンの合成に成功。単結晶X線構造解析の結果から、キュバンのすべての頂点にフッ素が導入されていることが確認された。

そして、電気化学測定および吸光測定を用いて、量子化学計算による予想の通り、全フッ素化キュバンが電子を受け取りやすい分子軌道を持つことが実証された。

また、ガンマ線を照射して全フッ素化キュバンに電子を与え、「低温固相マトリックス単離ESR法」によってどのような化学種が生成しているのかが観測されたところ、全フッ素化キュバンに与えられた電子が、主に立方体の内部空間に分布していることが判明したとする。

  • 全フッ素化キュバンが電子を受け取る仕組みとLUMOの分布

    (上段)全フッ素化キュバンが電子を受け取る仕組みとLUMOの分布。(中段)全フッ素化キュバンの合成方法と結晶構造。(下段)全フッ素化キュバンに与えられた電子の分布 (出所:AGC Webサイト)

これまで、電子を受け取る分子の設計指針は常に、ベンゼン環のように二重結合を複数つなげることで、電子を受け取りやすい分子軌道を作るものだった。これに対して今回の研究では、二重結合を用いずに電子を受け取る分子が開発された。その点において、これまでの常識をくつがえす重要な意義を持つと研究チームでは説明している。

なお、今後は、全フッ素化キュバンに閉じ込められた電子の挙動や反応性についてさらなる調査を行い、新たな学理の構築を目指すとしているほか、電子を受け取る分子は有機エレクトロニクス材料に応用されているため、将来的には材料科学の発展への寄与が期待されるともしている。