「我々のほうが『より正しい』」

そこで三好氏らのチームは、EHTの観測データを独立に再解析した。まず25ミリ秒角という広い視野設定をしたうえで、EHTCが使ったものとは異なる、より普遍的でバイアス効果を受けにくい解析方法を用いた。

その結果、中心部にはリング状構造は現れなかった。その代わりに、中心部を示す「コア構造」と、ジェットが存在する際に多く見られる「ノット構造」が見いだされたという。

  • M87中心から噴き出すジェット

    活動銀河M87の中心に存在する巨大ブラックホールからは、高エネルギープラズマ「ジェット」が噴出する現象が起きていることが知られている。画像の左上は、ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したジェット。全体に写っているのは、2016年に発表された、日韓合同VLBI観測網が撮影したM87のジェットの根元の電波写真。EHTCの画像にはこのジェットが写っていないが、三好氏らの画像にはそれらしきノット構造が写っている (C) NASA and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA), 国立天文台

また、三好氏らの再解析結果が示す最大輝度は100~120億度と、従来の観測結果の約130億度とほぼ一致。さらに結果の像の示す電波強度は観測データの70%以上を再現するなど、「EHTCの画像より『より良い』結果が得られた」としている。

とくに三好氏らが強調したのは「残差」である。残差とは、元の観測データと、それを解析した撮像結果との整合性のことで、小さければ小さいほど、元の観測データをきちんと生かして撮像できていることを示す。たとえるなら、英語を日本語に翻訳したあと、さらに英語に再翻訳したとき、元の英語とどれだけ近い文章になっているかということである。

三好氏らによると、「EHTCの残差より、私たちの作った像の残差のほうが、ずっと小さい。またばらつきも小さい。つまり元のデータとより整合性が取れているということです」という。

また、三好氏らの論文は当初、『アストロフィジカル・ジャーナル』の査読者との議論でなかなか認められなかったが、この残差を示したところ、アクセプト(受理)されたという。

三好氏は「M87の中心に巨大ブラックホールがあることはほぼ間違いないでしょう。ただ、いまのEHTの観測データから『ブラックホールの姿を直接見た』と言うのは正しくないと考えています」と総括した。また、「ブラックホールを本当に撮像するためには、EHTの望遠鏡の台数を増やすしかない。2017年のM87観測時は7台しかなかったが、少なくとも10台以上、理想的には60台はほしい」と語った。

なお、EHTCは今年5月12日に、天の川銀河中心の巨大ブラックホールについても、同じようなリング状の画像を公開している。三好氏らのチームはこのデータの再解析も進めており、今年秋に開催される日本天文学会で発表する予定だという。

EHTCの反論と、「確からしい」の積み重ね

EHTCは、三好氏らの研究成果に対し、「私たちの発表した結果について、批判的で独立した分析および解釈を歓迎します」としたうえで、「新しい再解析(訳者駐: 三好氏らの研究のこと)は、EHTCのデータとその手法に対する誤った理解に基づいており、誤った結論を導いていると考えています」とコメントしている。

そして、「リング状の構造は、視野を含む幅広い画像化の仮定の下で明確に回復されます。さらに、大規模なジェット構造も、高解像度データによって制約を受けずに復元できます」としている。

さらに、「M87のEHTCの画像は、これまで十分に精査されてきました。4つの独立した解析チームが、さまざまな技術を駆使して解析したところ、やはりM87のリング状の構造が現れたと報告されています。これらは、2019年のEHTCの論文にある3つの画像化と2つのモデル化技術を補完するものです。またEHTCは、新たに開発した独立した技術を採用し、当初の結果を確認する2つの追加論文も発表しています」とし、そして「これらの複数の独立した研究により、アルゴリズム的なバイアスや、パラメーターの選択、また人為的なバイアスに対して堅牢であると考えています」とコメントしている。

なお、三好氏らが広い視野設定をして解析したことに対し、EHTCは「広い視野は得られない」との反論をしている。一方三好氏らはさらに、「電波干渉計の理論計算から視野を求めたところ、EHTCの主張より広い範囲の撮像ができることを確認しています」と再反論している。また、他の独立した研究チームがEHTCの解析結果を支持する再解析結果を発表していることについても、「彼ら(他の独立研究チーム)もまた、狭い視野を設定して解析してしまっています。だから同じ結果になるわけで、『独立したチームもEHTCの結果を支持している』とはならないです」と反論している。

今回の発表で重要なのは、ブラックホールの撮影が否定されたわけでもなければ、三好氏らの研究が異端というわけでもないということである。なにか新しい発見や成果が生まれたときなど、科学の新しい扉を開くとき、複数の研究チームが観測データや解析手法をまったく独立に検討するのは、現代科学が歩むべき健全で正常なプロセスである。

三好氏も、「もちろん私たちは自分たちの研究が正しいと考えています。ただ、客観的には、さらなる観測や研究で吟味したほうがいいでしょう」と語る。

古今東西、科学はこうした「確からしい」の積み重ねによって成り立ってきた。これからのさらなる研究で、ブラックホールの姿も、そこに潜む多くの謎も、だんだんと確からしいものになっていくに違いない。

参考文献

The Jet and Resolved Features of the Central Supermassive Black Hole of M87 Observed with the Event Horizon Telescope (EHT) - IOPscience
M87銀河の中心の電波観測データを独立に再解析 | 国立天文台(NAOJ)
Imaging Reanalyses of EHT Data | Event Horizon Telescope
発表のプレプリント
史上初、ブラックホールの撮影に成功 ― 地球サイズの電波望遠鏡で、楕円銀河M87に潜む巨大ブラックホールに迫る | 国立天文台(NAOJ)