米国商務省のDon Graves(ドン・グレイブス)副長官が、露光装置メーカーのASML本社を5月31日(米国時間)に訪問し、社長兼最高経営責任者(CEO)のPeter Wennink氏と会談して米国への投資を要請したところ、「ASMLが米国コネチカット州ウィルトンの既存施設の拡張のために2億ドルを投資することをきめた」と米商務省が同日付でオランダ発の声明として発表した。

異例の発表は連邦議会への圧力か?

このような発表をASMLではなく、米商務省自身が米国外から発表するのは異例と言える。米商務省は、発表文の中で、「米国での半導体の研究、開発、製造に520億ドルを投資する法案である超党派イノベーション法(Bipartisan Innovation Act)が、連邦議会で審議されており可決にむけた最終段階に達した時点での発表である」とわざわざ書き込んでいる。米バイデン大統領やレモンド商務長官は連邦議会に対し、半導体関連企業に補助金を支給するためのこの法案を早急に審議し、可決するよう再三にわたって要請してきたにもかかわらず、今だに可決に至ってはいないことから、今回の発表は、早急な可決を議会に促す一種の圧力とみることもできる。

また、レモンド商務長官は、先般行った訪韓の際、「法案が連邦議会で可決されたら、もっと多くの半導体企業を米国に誘致する」と述べていたが、この中には、半導体製造装置・材料企業も含まれると解釈されている。

TSMCやSamsungといった先端プロセスを提供する半導体工場の米国内への誘致に成功した商務省がいよいよ海外の製造装置・材料メーカーの誘致にも乗り出し、米国の国家安全保障の見地から独自の半導体サプライチェーン構築に動き出したとみられる。日本には、Samsungのような先端プロセスを手掛けている半導体メーカーはないので、日本の強みである製造装置・材料メーカーを誘致することが、米国側の狙いではなかろうかと推測されるが、今回のASMLへの投資要請はその前兆の可能性が考えられる。

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ASMLの米国における露光装置光学系製造拠点

ASMLの米ウィルトンの研究・製造拠点は、米国におけるASMLの研究開発および製造の最大拠点である。商務省によると、2,000人を超える従業員と1億ドルがすでにクリーンルーム、ラボ、オフィスに投資されており、増大する世界的な需要に対応する高度な半導体チップを作成するために必要な露光装置を開発するのに必要な重要な設計、エンジニアリング、および生産センターで、今回の拡張により、今後2年間で1,000人の新規雇用が創出されることが見込まれるという。ASMLのWebサイトの情報によると、レンズはじめ光学系、レチクルステージやハンドラー、光学センサーや計測装置など露光装置の主要構成部材が研究開発・製造されている。

Don Graves副長官は、「バイデン政権は米国内の製造業を活性化し、国を安全に保つことを約束した。これらの目標達成は、米国で高度な半導体を製造することで始まり、そして終わる。半導体は、私たちの家庭や自動車から軍事および人命救助の医療技術にまで、あらゆるものに電力を供給する。ASMLは、半導体(関連製造)の本拠地として米国を選択してくれている世界中の民間企業群の重要なメンバーであり、そのために私たちは非常に感謝している。超党派イノベーション法を連邦議会で可決して大統領の机に署名のために提出することによって、(半導体関連企業の)米国への投資の道筋を築く必要がある。それは米国の経済的および国家安全保障にとって重要だからである」と述べている。

また、ASML社長兼最高経営責任者(CEO)のPeter Wennink氏は同じリリース内にて、「今後数年間で予測される需要を満たすために、ASMLはインフラストラクチャと人材に継続的に投資している。米ウィルトンの研究・製造拠点は、その投資の良い例であり、ASMLの成功の基礎となる米国内のいくつかのサイトの1つである」と述べている

なお、米商務省によると、Graves副長官は、サプライチェーンの回復、新興技術、輸出規制などの重要な問題について欧州の官民パートナーと大西洋を越えて協力するための話し合いを行うために欧州出張中で、その途上でオランダのASML本社を訪問したという。米商務省は、同氏の帰国を待たずに、ASMLを訪問した段階で今回の声明を発表したこととなる。