表面の約7割が海で覆われている水の惑星こと地球。太陽熱で蒸発した水蒸気は、やがて雲から大地を潤す恵みの雨となって降り注ぎ、また海へと帰る。この壮大な水循環構造によって地球上のあまねく生物達が生きながらえているというのに、筆者は海水浴のベタつきが嫌いで海は見物するものだという呆れた思考をもっている。
もちろん「恩知らず」や「そんなの知るか」などの“読者胸中ストレートパンチ”を受けることは覚悟の上であるが、どうか海のような広い心で受けとめていただけないだろうか。
筆者はその読者胸中ストレートパンチの恐怖で昨晩は眠れず、執筆している今でも約7割泣いているのだが、有益な情報を発信したいという熱い気持ちがあるのだ。何卒、読者皆様には冷静と情熱の間にある“呆れた思考”を受けとめていただきたい。
さて、今回紹介する研究は、現場観測が乏しい東部インド洋の海洋生態系に関する研究だ。大西洋や太平洋と比較して生態系構造や動態は十分明らかになっておらず、また、これまで植物プランクトンが定常的に少ない“海の砂漠”ともいえる海域と考えられていた。
しかし近年、人工衛星などのリモートセンシング機器により、海の砂漠においても、時に植物プランクトンが増加し(この現象を植物プランクトンブルームと呼ぶ)、生物生産性が高まることが明らかになってきた。
今回の研究では、東京大学 大気海洋研究所の江思宇 特任研究員らの研究チームが、ブルームがどのような条件で形成されるのかを、調査船による観測と現場培養実験に加え、人工衛星リモートセンシングを活用して明らかにしたという。
詳細は学術雑誌「Progress in Oceanography」に掲載されている。
同研究ではまず、調査船による観測と人工衛星リモートセンシングの双方によって、東部インド洋の異なる海域で植物プランクトンブルームを把握することに成功した。
海洋表層の窒素栄養塩濃度は、観測域を通じて枯渇しており、観測された高いクロロフィルを生産するには不十分であった。
植物プランクトンの増殖速度と動物プランクトンの捕食による死亡率を同時に検証できる培養実験結果では、ブルーム観測点(Stns4,5,7)での植物プランクトンの正味成長率(成長率から死亡率を引いた値)において、ゼロまたは負の値を示した。
これは、観測されたブルームは衰退期にあり、やがて終焉することを示しており、人工衛星リモートセンシングによってもやがて減少したことが確認された。
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人工衛星リモートセンシングによる表層クロロフィル濃度の経時変化。高いクロロフィル濃度海域(水色から緑の海域>0.2mg m-3)が、観測海域の赤道域(Stns.4,5)および南インド洋Srn.7付近に見られる。数字と点は観測点名を示す。(出典:東京大学大気海洋研究所)
次に、窒素栄養塩の添加実験を行ったところ、ブルーム観測点では植物プランクトンの成長率が最大4.9倍増加した。これは、ブルーム中の植物プランクトンの成長が、低濃度の窒素栄養塩によって制限されていることを示している。
以上の結果から、観測された植物プランクトンブルームは、何らかの要因で窒素栄養塩が供給されたことによって発生するが、栄養塩が枯渇することによって終焉することが示唆された。
そこで、人工衛星リモートセンシングから得られる、海上風、流動場および海面高度のデータを解析し、栄養塩が海洋物理機構により供給されたのか検証を行った。その結果、南インド洋(Stn.7)では低気圧性渦、赤道域(Stns.4,5)では、Wyrtkiジェットと呼ばれる赤道上の強い東向きの海流によって、亜表層の栄養塩が供給されたことが示唆された。
後者の場合、Wyrtkiジェットがまず、観測域西に位置するモルジブ諸島にぶつかることで湧昇が発生し、栄養塩が供給されブルームが形成される。今回観測したブルームは、このジェットにより栄養塩が輸送され植物プランクトンが増加したものであった。また、人工衛星リモートセンシングによってその輸送過程においても確認することができた。
これまで東インド洋は、定常的に植物プランクトンの少ない“海の砂漠”と考えられていた。しかし、同研究結果から、さまざまな海洋物理機構によって栄養塩が供給され植物プランクトンが増殖しては減少するという、極めてダイナミックな海であることが明らかとなった。
今後、植物プランクトンブルームが魚類といった高次捕食者および魚類生産を通じて私達の社会に影響するのか明らかにすることが期待される。