気候変動。

この現象は人類の生活圏を縮小させるだけでなく、地球生物すべてに負の連鎖をもたらす可能性がある。地球資源を借りパクした人類に地球さんが激昂し、今後、気温がグングン上昇すると予想されているが、その影響は多岐にわたる。

今回紹介する研究は、気候変動によって北極・氷河域の菌類の生息場所が奪われ、絶滅する恐れがあるといった内容である。

つまり、気候変動は人類だけでなく、その他生物の生活圏をも脅かすということだ。いうまでもなく、その発端は人類側である可能性が高く、私たちは目を背けてはならない。そして、正しい知識をつけ、正しい意見を持つことが重要であると筆者は考える。

その正しい知識の一助となればという想いで、研究を紹介しよう。

旭川工業高等専門学校、国立極地研究所、カナダ・ラバル大学らの研究グループは、世界最北端の有人島であるカナダのエルズミア島にあるWalker氷河の菌類の構成を調査した。 その結果、氷河上と氷河後退域(氷河がなくなっている域)では、生息している菌類の大部分が異なっており、氷河上から見つかった菌類の多くは、氷河後退域から見つけることができなかったという。

詳細は、国際学術誌「Sustainability」にて公開されている。

Walker氷河は、近年の気候変動に伴い急速に融解している氷河の1つとして知られている。1959年から2013年までの54年間に平均1.3m/年の速度で末端が後退し地面の露出が進んでいるという。

  • 左:Walker氷河の位置、右:Walker氷河

    左:Walker氷河の位置、右:Walker氷河(出典:国立極地研究所)

研究グループの調査の結果、2013年から2016年にはその速さが3.3m/年となり、以前の2.5倍に達していたため、高緯度北極でも大きな環境変動が起きていることが示唆されていた。

菌類は有機物の分解者として生態系の中で重要な役割を果たしていることから、菌類相※1の変化は極地における生物群集の遷移や物質循環に大きな影響を及ぼす。

同研究グループではこれまでにエルズミア島での菌類調査を行い新種の菌類を報告していたが、氷河の後退がこれらの新種を含む菌類の多様性にどのような影響を及ぼすかは未解決であった。

研究グループは2016年7月、Walker氷河における微生物調査のため、氷河からその後退域にかけて9地点で試料を採取した。これらの試料を日本で分析した結果、合計325株の菌類が分類された。

そして、リボソームDNAの塩基配列を用いた系統解析※2を行い、9地点における菌類の多様性を解析した。

その結果、氷河上に生息している菌類の種構成と氷河後退域に生息している菌類の種構成の多くが異なることが分かった。

  • 各サンプリング地点における菌類の種構成をクラスター解析した結果

    各サンプリング地点における菌類の種構成をクラスター解析した結果。地点0(Site0)と地点1(Site1)、地点2(Site2)から地点8(Site8)での菌類の種組織は大きく異なっていることがわかる。地点0と地点1は氷河上の観測地点、地点2から地点8は氷河後退域の観測地点となる(出典:国立極地研究所)

また、Walker氷河上に生息している菌類の中には、未報告の新種と思われる菌類や地域固有種と考えられる菌類も多く存在することが分かった。これらの菌類はWalker氷河とその後退域の生態系における有機物分解者として物質循環に寄与しているため、環境への影響が大きい可能性がある。

  • 氷河上と氷河後退域から分離した菌類の重複種と非重複種を示したベン図。氷河上には特有の菌類群集が形成されていることを示している

    氷河上と氷河後退域から分離した菌類の重複種と非重複種を示したベン図。氷河上には特有の菌類群集が形成されていることを示している(出典:国立極地研究所)

これらは、このまま環境変動が続き、氷河が完全に失われると、氷河上に生息している菌類の多くが生息場所を失い、絶滅してしまう恐れを示している。北極の温暖化は、ホッキョクグマのような大型動物だけでなく、菌類のような微生物にも影響を与えている。

研究グループは今後も、Walker氷河域における菌類の多様性調査を進める予定である。また、Walker氷河域に生息している菌類が絶滅の危機に瀕していることから、菌類を冷凍保存し後世の人に残す活動も進める予定だという。

文中注釈

※1ある特定の環境で生育する一群の菌類構成
※2真核生物のリボソームDNAの中のITS(Internal Transcribed Spacer)領域の塩基配列を用いた系統解析。すべての生物はリボゾームDNAを持っているため、この方法は菌類の分類や同定に広く利用されている。br>