慶應義塾大学(慶大)、NTT、名古屋大学(名大)、理化学研究所(理研)の4者は4月1日、超伝導量子コンピュータが駆動する極低温環境で、実用的な規模の量子コンピュータを制御するのに必要な水準の消費電力、実装規模、速度、誤り訂正の性能などを満たしつつ、単一の論理量子ビットのみならず、相互作用する複数の論理量子ビットを復号する「量子誤り訂正アルゴリズム」を開発したと発表した。

同成果は、慶大 理工学部の近藤正章教授、同・上野洋典訪問研究員(本務:東京大学大学院 情報理工学系研究科 特別研究員)、NTT コンピュータ&データサイエンス研究所の鈴木泰成研究員、名大大学院 工学研究科の田中雅光助教、理研 量子コンピュータ研究センターの田渕豊ユニットリーダーらの共同研究チームによるもの。詳細は、「The 28th IEEE International Symposium on High-Performance Computer Architecture(HPCA-28)」にて発表される予定だという。

量子コンピュータの量子ビットはエラーが生じやすく、その訂正手法として複数の物理量子ビットを符号化して1つの論理量子ビットを構成する「量子誤り訂正符号」という枠組みが提案されている。その代表的な1つである「表面符号」は、規則正しく並んだデータ量子ビットと、観測用の補助量子ビットから構成され、その復号処理はグラフのマッチング問題に帰着するとされている。

また、実際の量子コンピュータにおいては、補助量子ビットの観測にもエラーが生じる可能性があるため、補助量子ビットの観測を十分な回数行い、得られた観測値を時間方向に積み上げて構築された3次元格子上でグラフのマッチング問題を解くことで復号が可とされている。

表面符号で保護された論理量子ビットを用いて量子計算を行う手法として、「格子手術」という枠組みが提案されている。これは表面符号で符号化された複数の論理量子ビットを結合・分離することで論理量子ビット同士の計算を行う手法であり、この操作は、任意の量子計算を実現する上で重要な操作の1つであることが知られている。

格子手術を行う際の復号処理は、論理量子ビットの結合・分離により論理量子ビットの境界が動的に変化する、複雑なグラフのマッチング問題を解くことに相当する。これまでの復号手法の多くは、単一の論理量子ビットの復号のみを対象としており、格子手術を用いた論理量子ビット同士の演算の誤り訂正を行うことができなかったという。

そこで研究チームは今回、量子ビットのエラーの発生に追従してリアルタイムでエラーの推定を行うことで、エラーの蓄積を防ぐ「オンライン復号」という以前、に同チームが提唱した復号方式に基づく、格子手術に対応可能な復号アルゴリズムを提案することにしたという。これにより、論理量子ビット間で量子演算を行っている最中に生じるエラーを高速に訂正できると期待されるとした。

また、集積可能性と設計自由度の高さから量子コンピュータ素子として有望な超伝導量子ビットは、極低温環境でのみ動作するため、極低温環境を作りだす希釈冷凍機の中に設置されることが一般的だが、復号器は、一般に極低温環境で許容されるだけ消費電力を小さくすることができず、室温で動作するため、それらをつなぐ室温-極低温間の膨大な配線が、超伝導量子コンピュータのスケーラビリティを制限していた。

今回の研究では、「単一磁束量子回路」という高速・低消費電力で動作する超伝導回路を用いて、極低温環境で動作する、今回の提案アルゴリズムに基づく復号器が設計されており、これにより量子コンピュータの有用性およびスケーラビリティを向上させることができると研究チームでは説明する。

  • 量子コンピュータ

    (上)左は表面符号。右は表面符号の観測値を時間方向に積み上げた3次元格子。(下)格子手術により演算を行う際にマッチング問題を解く格子の形状 (出所:慶大プレスリリースPDF)

また、今回の復号器は復号処理を1マイクロ秒以下で実行可能であり、エラーの有無を調べるための観測処理と復号処理とを同時に行えるだけの高速性を備えていることも示したとのことで、こうした改善により超伝導誤り耐性量子コンピュータ開発が進展することが期待されるとしている。

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    超伝導誤り耐性量子コンピュータの構成。(左)従来手法。(右)今回提案された手法 (出所:慶大プレスリリースPDF)

なお、今回の研究は論理演算を行う複数の論理量子ビットの誤り訂正を極低温環境で高速に行う手法を提案するもので、それにより超伝導量子コンピュータのスケーラビリティおよび量子ビットのエラー耐性を向上することができる。また、今回の研究が世界中で盛んに行われている誤り耐性量子コンピュータの開発に貢献することが期待されるとしている。