京都大学(京大)とパナソニックは3月24日、電波の一種であるマイクロ波(920MHz帯)を活用して長距離のマイクロ波電力伝送システム「Enesphere(エネスフィア)」を開発し、プロトタイプシステムの試験用サンプルの提供を開始することを発表した。
今回の成果は、京大COI(Center of Innovation)によるもので、京大 生存圏研究所の篠原真毅教授とパナソニックの共同研究チームによって開発された。
IoTが普及しつつあり、センサなどの電子機器が増加している。それに伴い、定期的な電池交換、充電、電源ケーブルによる配線施工などの負担も増大している。さらに、IoTでは将来的に、膨大な数のセンサが、コンクリートの中や地中などの簡単にアクセスできない部分を含めてありとあらゆるところに設置されると予想されており、もはや電池交換、充電、電源ケーブルによる配線施工などは物理的に不可能となってしまうと考えられている。
現時点でもすでに課題が生じており、その1つが、少子高齢化による、見守り・健康管理用のバイタルセンサの需要増加だという。これらのセンサは、長時間にわたりバイタル情報をセンシングするため、電池交換や充電作業を行うことが困難となっている。
また、産業分野においても、工場やオフィスなどの効率化や生産性向上を狙い、さまざまなIoT機器を活用したデータ収集・管理システムの導入事例が増えている。ここでは、多数のセンサをさまざまな場所に設置するため、電池交換だと時間がかかるし、電源ケーブルでは引き回しが課題となっている。
そこで、それらの負担を低減する手段の1つとして、電源の無線化技術が考えられている。京大とパナソニックの共同研究チームでは、その中でもマイクロ波を活用した長距離ワイヤレス電力伝送技術に着目。そして、両者によって電池交換や電源ケーブルの配線施工が不要なセンサシステムの開発が進められてきた。
マイクロ波による電力伝送技術は、長距離でのワイヤレス送電が可能だが、送電できる電力には制限がある。その理由は、人体や、ほかの通信機器への影響を配慮したもので、電波法により規制されている。ただし、2022年に省令改正が予定されており、マイクロ波帯の電波を活用したワイヤレス送電を行えるようになる見込みである。
とはいえ、出力電力には制限があり、特に920MHz帯については、送電機からの出力電力は1W以下に制限されている。そのため、この制限内において、いかに電力を効率的に伝送し、広い範囲に多数が存在する受電機器にワイヤレス送電することができるかが、研究開発のポイントとなるとする。
この研究開発課題に対して研究チームは、高効率なワイヤレス送電、受電する小型アンテナ技術、受電したマイクロ波電力を高効率に安定して直流へ変換する回路技術の開発に取り組んできたという。これにより、1W以下の出力電力においても、数m先のセンサなどの機器を動作させることが可能になったとした。
また一般的なアンテナは、人に近づけた場合、人体に電磁波が吸収されてしまうことにより、受電効率が低下してしまうという課題がある。今回開発された受電機のアンテナは、この課題も解決しており、人が身に着けた状態でも高効率に動作するため、見守り・健康管理用のバイタルセンサへの適用も期待されるとした。
さらに、送電機は広い範囲へ電波を放射するため、1つの送電機から複数の受電機へ一括で送電することも可能だ。これらにより、今回開発されたマイクロ波電力伝送システムなら、見守り・健康管理用のバイタルセンサや、工場・オフィスなどに多数設置されるIoTセンサへの電源供給手段として活用することができるとする。
こうして共同開発された技術を用いて、パナソニックは今回、Enesphereとしてプロトタイプシステムを製作。このシステムは、1W出力の送電機と、カードタイプ、人体装着タイプ、液晶表示タイプ、基板タイプなどのさまざまな形態の受電機から構成されており、準備が整い次第、サンプル提供を開始する予定とした。
サンプル提供により、さまざまな場面における試験的活用を通して、今回開発された技術を本格的な実用化へと進めていくとしている。また、センサをはじめとするIoT機器の普及拡大を後押しし、少子高齢化問題の解決や、工場やオフィスなどの効率化、生産性向上に貢献するとした。
さらには、今回の取り組みをスタートとして、次のステップの法制度化も見据えながら、送電電力や送電範囲を拡大していく研究開発も推進し、今後の普及が見込まれる多くの電子機器に対して、意識することなく電源が供給されている世界を目指していきたいとしている。