京都大学(京大)と信州大学は2月16日、貴金属と呼ばれる8種類の元素(金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os))を原子レベルで均一に混ぜ合わせたナノメートルサイズの合金の開発に成功したと発表した。

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    今回開発された貴金属8元素ナノ合金のイメージ。論文掲載誌「Journal of the American Chemical Society」の表紙として掲載された (出所:京大プレスリリースPDF)

同成果は、京大 理学研究科のDong Shuang Wu特定助教、京大 白眉センターの草田康平特定准教授(理学研究科連携准教授兼任)、信州大学の古山通久教授、京大 理学研究科の北川宏教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米化学会が刊行する旗艦学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

複数の金属などを組み合わせた合金は約5000年前ほどから人類は活用されてきたが、貴金属8元素すべてを均一に混ぜることはできていなかった。そこで研究チームは今回、その貴金属8元素を混ぜ合わせた合金を実現するべく、5種類以上の元素を原子レベルでおよそ等しい比率で混合した合金「ハイエントロピー合金」に着目し、触媒として利用することにしたという。

すでに研究チームでは2020年に、白金族6元素すべてを均一に混合したナノメートルサイズの白金族ハイエントロピー合金の合成に成功し、その活性などについての報告を行ってきており、今回はそうした経験を踏まえ、ハイエントロピー合金の物性・電子状態は構成元素の元の物性・電子状態の単純な足し合わせでは表現できないと推測し、電子状態に着目した研究を行うことにしたとする。

具体的には、通常原子レベルでは混合しない合金系においても、異種の金属イオンを瞬時に還元することで、非平衡な状態のナノ合金を合成する方法である「非平衡化学的還元法」を活用。各金属イオンを含んだ溶液を、十分に加熱された還元剤溶液に徐々に滴下することにより、非平衡状態で8種の金属イオンを瞬間的に同時に還元。還元により生成された各原子が溶液内で凝集する過程を保護剤で抑制し、ナノサイズの合金を合成することに成功したとする。

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    走査透過型電子顕微鏡観察によって得られた貴金属8元素ナノ合金の元素マップ。8元素すべてが均一に存在していることがわかる (出所:京大プレスリリースPDF)

調査の結果、8種の貴金属元素が原子レベルで混合することから、原子配置のパターンは粒子を構成する原子数よりもずっと多くなるため、粒子内の各原子はそれぞれ異なる環境となり、1つ1つが違う電子状態を取ることが第一原理計算により解明されたとしており、これは貴金属8元素ナノ合金の各原子は、多元素の混合により、通常考えられている元素固有の特性(電子状態)を持つのではなく、それぞれがまったく新しい個性を有する別の原子として生まれ変わったといえるという。

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    (左)第一原理計算に用いた貴金属8元素ナノ合金の元素種で色分けされた構造モデル。(中央)計算により得られた電子状態で各原子を局所的なdバンド中心(εd)の値で色分けされたもの。(右)白金原子の電子状態のみを抽出して色分けされたもの。貴金属8元素ナノ合金の中では同じ白金原子でもまったく異なる電子状態を有することがわかる (出所:京大プレスリリースPDF)

実際に、水素発生反応において基準とされている市販のPt電極に比べ、10倍以上という高い活性が示すことが確認されたという。貴金属8元素のうち、金、銀、オスミウムは単独で水素発生反応に不活性であることから、それ以外の貴金属5元素の合金の活性の方が高くなることが考えられるが、5元素の合金の活性よりも4倍ほど高活性化していることが確認されたとする。

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    水素発生反応触媒特性。(a)0.15MH2SO4水溶液中における貴金属8元素ナノ合金、白金族5元素ナノ合金(IrPdPtRhRu)、市販のPt触媒の触媒回頻度(TOF)。(b)0.05VにおけるTOFの比較 (出所:京大プレスリリースPDF)

なお研究チームでは、今回、貴金属全8元素を自在に原子レベルで混合する技術が確立されたことで、貴金属原子を任意の組成で均一に混合することが可能となったことから、従来から高い活性を示す貴金属触媒の性能を、さらに向上できる可能性が広がったとするほか、貴金属を自在に制御することにより、ごく少数の優れた元素に依存する材料開発ではなく、多種多様な元素の組み合わせを選択することが可能になるかもしれないとしている。

ただし、ハイエントロピー合金はまだ不明な点が多く、触媒として利用するには効率的な理論的手法や適切な構造モデルの成熟が必要だとする一方、これまで実現不可能とも思えていた複雑な高難度触媒反応を実現できる可能性を秘めていることから、今回の成果を広く社会に提供することを目的に、フルヤ金属と協働して安定量産化やエンドユーザー向けの試料提供を進めていくともしている。