東京大学(東大)は2月10日、カラードノイズ(有色雑音)をゲイン散逸イジングマシンに入力することでスピン状態変化のランダムエラーが抑制されるとともに、確率共鳴現象により最適解を得る確率が向上することを見出したと発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科 電気系工学専攻のZhiqiang Liao大学院生、同・工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻のKaijie Ma特任研究員、同・工学系研究科 電気系工学専攻のMd Shamim Sarker大学院生、同・Siyi Tang大学院生、同・山原弘靖助教、同・工学系研究科 附属スピントロニクス学術連携研究教育センターの関宗俊准教授、同・工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻/電気系工学専攻の田畑仁教授(Beyond AI研究推進機構兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、自然科学および医学を扱う学際的な学術誌「Advanced Theory and Simulations」に掲載された。
イジングマシンは、光学系、電気機械系、電子回路、スピントロニクスなど、さまざまな技術を用いて実現されており、中でもスピントロニクスを用いる方式においては、すでに数千個のスピンから構成されるイジングモデルの最適解計算が可能になっている。
イジングマシンでは、局所解を抜け出して真の最適解にたどり着くため、ノイズが使用されるが、従来は「ガウシアンホワイトノイズ」が用いられ、その信号強度が大きくなると、スピン状態の変化にランダムエラーが発生し、組合せ最適化問題の最適解の正答率が低下してしまうため、ノイズが小さい状況でしかゲイン散逸イジングマシンは正常に動作しなかったという。
もし、イジングマシンが大きいノイズに適応し、さらに組合せ最適化問題の正答率を向上させるノイズ変調の手法を発見することができれば、低消費電力で動作する強力なイジングマシンの実装が可能となるとことから、今回、研究チームでは、パワースペクトル密度を示すカラードノイズに注目し、さまざまなカラードノイズをゲイン散逸イジングマシンに入力し、その影響の調査などを実施したという。
具体的には、10×10=100個のスピンが強磁性的に結合した正方格子が用いられ、さまざまなカラードノイズの存在下でイジングマシンのドメインクラスタリングのダイナミクスを調査。その結果、ブルーやバイオレットノイズ(周波数が上がるにつれてパワー密度が上昇する系統のノイズ)がイジングマシンに及ぼす影響はホワイトノイズと同様だった一方、一方、ピンク、レッドノイズ(ブルーやバイオレットの逆のタイプ)によって最適解を求める計算速度はホワイトノイズと比べてそれぞれ3倍、8倍に加速化し、調査したカラードノイズの中ではレッドノイズが最も優れた効果が示されたとする。
そこで組合せ最適化問題の代表として、100個のスピンからなるMAXCUT問題の解答に挑戦。一般的に、単純なMAXCUT問題に対してノイズの増加は正答率を低下させるが、メビウスラダーに対して、ほかのカラードノイズでは動作できないほどノイズが大きい場合でも、レッドノイズは60%の正答率を保つことが確認されたという。
また、より難しいMAXCUT問題(ランダム正方格子、ランダムメビウスラダー)の場合、ホワイト、ブルー、バイオレットノイズはイジングマシンの性能をノイズの増加とともに低下させること、ならびにそれらのノイズの入力したイジングマシンは、60%以上の正答率を達成することができなかったことが確認された一方、レッドノイズを入力した場合、80%の正答率が達成されたとするほか、これまで報告のなかった「確率共鳴現象」を誘起することも判明したとする。この結果は、環境に存在するレッドノイズを利用することで、より優れた性能のイジングマシンが得られることが示されると研究チームでは説明している。
なお研究チームは現在、今回の成果に基づき、レッドノイズで駆動するイジングマシンの実装に取り組んでいるという。電子のブラウン運動によってレッドノイズを発生させることができるため、スピントロニクスデバイスとFPGAの組み合せにより高周波、低消費電力で動作するプログラム制御可能なイジングマシンの実現が期待されるとしているほか、組合せ最適化問題を解くための専門的なソフトウェア設計にも役立つと考えられるともしている。