東京大学(東大)は1月28日、スピンを持つマンガン原子が規則的に密に並んだ単一原子層を含むトポロジカル強磁性体「Mn(Bi,Sb)2Te4」を使って、トポロジカル絶縁体「(Bi,Sb)2Te3」原子層の上下を挟んだ「原子層サンドイッチ構造」を作製してその電気伝導を測定したところ、これまでの1/10程度の弱い磁場で「トポロジカルホール効果」が観測され、ナノスケールの磁気渦が並んだものである「スキルミオン」が形成されていることを発見したと発表した。
同成果は、東大大学院 理学系研究科 物理学専攻の高城拓也大学院生、同・秋山了太助教、同・長谷川修司教授、東京工業大学 理学院物理学系の平原徹准教授、物質・材料研究機構の佐々木泰祐主幹研究員、ロシア科学アカデミーのA.A.サラニン教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、ナノサイエンスとナノテクノロジーの基礎から応用まで全般を扱う学術誌「Nano Letters」に掲載された。
トポロジカル絶縁体は、その結晶内部は電気を通さないが、その表面ではスピンが揃った電子が高速で流れる特殊な金属のように振る舞うという特殊な性質を持つことから、近年注目を集めるようになっている。この表面の状態は、ノイズや不純物などの擾乱によって壊されることはなく、「トポロジカルに保護」された状態といわれている。
トポロジカル絶縁体に磁石(強磁性体)の性質を導入した「トポロジカル強磁性体」は、トポロジカルに保護された「カイラルスピン状態」という特有のスピン配列を持ち、それを起源としてスキルミオンの磁気渦が作られているため、結晶中の不純物や欠陥によって壊されることなく、通常の強磁性金属よりも安定的に磁気渦が保たれるという特長が予測されている。
そのトポロジカル強磁性体におけるスキルミオンの観測は、従来はマンガンやクロムといった磁性原子を結晶内部に無秩序に添加した物質で試みられてきたが、磁性原子がランダムに分布するために強磁性の相互作用が不均一で弱いことや、磁性原子どうしが意図せずに凝集する恐れもあるため、精密に制御可能な物質系が探索されていた。
近年では、結晶の作製条件を最適化すると、磁性原子が自動的に規則的な配列となるトポロジカル強磁性体「マンガンビスマスアンチモンテルル」(Mn(Bi1-xSbx)2Te4、「MnBST」)という合金結晶が注目を集めるようになっている。
この結晶構造は、磁性を持たないトポロジカル絶縁体「ビスマスアンチモンテルル」((Bi1-xSbx)2Te4、「BST」)結晶格子に、強磁性のマンガンテルル(MnTe)原子層が入り込んだ構造であり、今回、研究チームはこのBST原子層の上下を、MnBSTでサンドイッチしたナノスケール構造を設計・作製。これまで自己形成型トポロジカル強磁性体で実現例のない弱磁場生成スキルミオンを、トポロジカルホール効果の観測を通じて電気的に観測することに成功したという。
また、従来報告例のあるマンガン原子を無秩序に添加したトポロジカル強磁性体と比較したところ、今回観測されたスキルミオンは従来の1/10程度の弱い磁場の印加で生成できることを確認。これは、この系ではマンガン原子が自己形成によって原子レベルで規則的かつ密に並んだことで、強磁性相互作用が強まったことが原因と考えられるという。
今回の研究成果について研究チームは、トポロジカル強磁性体の結晶構造と磁性が密接に関連することを示すものだとする。そして、カイラルスピン誘起のスキルミオンの基礎的物性の理解に資するとするほか、外的擾乱に対して頑強なスキルミオンを弱い印加磁場で制御できるという点で、将来的には書き換えが容易な「スキルミオン磁気メモリ」の開発などにつながることが考えられ、次世代スピントロニクスデバイスへの応用が期待できるとしている。