分子科学研究所(分子研)、東京工業大学(東工大)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、J-PARCセンターの4者は1月14日、負の電荷を持つ水素「ヒドリド」(H-)を高速かつ低い活性化エネルギーで拡散する超イオン導電体「Ba1.75LiH2.7O0.9(BLHO)」を開発したと発表した。

同成果は、分子研の小林玄器准教授、東工大の菅野了次特命教授、KEK 物質構造科学研究所の神山崇名誉教授、同・大友季哉教授、独・ヘルムホルツ研究所のドミニク・ブレッサー博士、フランス原子力・代替エネルギー庁のサンドリン・リヨナー博士、仏・ラウエ・ランジュバン研究所のベルンハルト・フリック博士らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学および材料工学を扱う学術誌「Nature Materials」に掲載された。

固体内を水素が拡散するイオン導電体は、燃料電池を始めとした水素エネルギーデバイスの固体電解質として利用されている。一般的には正電荷のプロトン(陽子=H+)が電荷輸送を担うことが知られているが、近年、H-も可動イオンになることが判明し、水素の新たな電荷担体として注目を集めている。

H-は一価、適度なイオン半径、軟らかさといった“高速拡散に適した特徴”を有することから、中低温域(室温~400℃程度)で作動する固体電解質の開発が期待されているが、高い導電率と低い活性化エネルギーを兼ね備えた物質は見出されていなかった。

このH-の電荷担体としての優位性に着目して研究を進めてきたのが分子研の小林准教授らの研究チームで、これまでに固体電解質としての機能が示されたH-導電体「La2-x-ySrx+yLiH1-x+yO3-y(LSLHO)」を報告するなど、精力的に物質開発を進めてきた。

LSLHOの発見をきっかけに、H-導電体が固体イオニクスの新たな研究対象として認知され、現在では、H-導電体の開発競争が活発化してきているという。しかし、物質開発は発展途上の段階にあり、H-を活用した新たな電気化学デバイスを創出するためにはH-導電体の高性能化が必要不可欠だという。

そこで研究チームは今回、LSLHOの一種である「Sr2LiH3O」のSrをBaで置換した物質に相当するBLHOを開発。同物質はLSLHOと同じK2NiF4型の層状構造を取るが、BaとH位置に多量の空孔を含む欠損組成「[Ba1.75VBa0.25]Li[H2.7VH0.4O0.9]」(VBa:Ba空孔、VH:H空孔)である点が異なる。

室温~300℃では、BaとVBa、LiX6(X=H-,O2-)八面体の面内のH-とVH、八面体頂点位置のH-とO2-が規則化した超格子を形成している(β-BLHO)。このβ-BLHOにおける3種類の長距離秩序は、温度上昇に伴って無秩序化し、300℃でBa/VBaと面内のH/VH、350℃で頂点位置におけるH/Oの秩序が逐次的に解消される(300≦T<350℃:γ-BLHO、T≧350℃:δ-BLHO)。

また、BLHOのイオン導電率の温度依存性が交流インピーダンス法で評価されたところ、β相からγ相への相転移温度に相当する300℃付近から導電率が1000倍程度上昇し、固体電解質としての実用性能の指標である10-2S/cmに達することが明らかとなった。

  • ヒドリド超イオン導電性

    Ba1.75LiH2.7O0.9の結晶構造と相転移挙動。結晶構造中の青球、赤球、緑球、水色球、白はそれぞれH、O、Ba、Li、空孔に相当 (出所:プレスリリースPDF)

LSLHOのようなLiが八面体中心を占有するK2NiF4型構造のH-導電性酸水素化物では、LiH4面でH-が空孔を介して二次元拡散することが理論的に支持されている。そのことから、同じ骨格構造を有するBLHOも、同様のH-拡散機構を取ることが予想されるという。BLHOのβ-γ転移は、H-拡散層内で局在化していたVHが非局在化したことを意味しており、これが導電率の急激な上昇に主に関与したと考えられるとする。

  • ヒドリド超イオン導電性

    Ba1.75LiH2.7O0.9のイオン導電率の温度依存性 (出所:プレスリリースPDF)

さらに、相転移後に導電率がほぼ温度依存性を示さなくなったことも確認されており、H-が低い活性化エネルギーで高速拡散していることが示されているという。このような導電特性を示す物質は超イオン導電体と呼ばれ、結晶格子内でイオンが液体のように集団運動している状態と考えられている。

なお、観測された導電率がH-の拡散由来であることは、水素濃淡電池による起電力測定と、ラウエ・ランジュバン研究所で実施した中性子準弾性散乱測定から確認された。

研究チームは今後、H-導電を活用した電気化学反応による物質変換や水素貯蔵などへの応用を目指し、デバイス設計や要素技術の開発を産学連携等も活用しながら取り組んでいくことを考えているとしているほか、H-導電体の物質探索においては、BLHOの超イオン導電相(γ-,δ-BLHO)を低温まで安定化させ、より広い温度範囲で作動する固体電解質材料の創出を目指すと共に、焼結性、電気化学的安定性など、固体電解質としての性能をより多角的に検証していくとしている。