ルネサス エレクトロニクスがFPGAに参入することを2021年11月に表明した。FPGAというと、XilinxとIntel(旧Altera)が市場を二分する存在であり、圧倒的な存在感を有している。なぜ、ルネサスがそんなFPGA市場に参入することを決めたのか。キーマンである同社IoT・インフラ事業統括本部 グローバル営業統括部 ヴァイスプレジデントの迫間幸介氏に、参入の真意を聞いた。
Dialogが手掛けてきたGreenPAK
もともとルネサスが提供しようとしている「ForgeFPGA」という製品は、同社が2021年8月末に買収を完了したDialog Semiconductorが開発を進めていたものとなる。Dialogは、従来よりディスクリートアナログやアナログICの機能をカスタマイズ可能なプログラマブルミクスドIC「GreenPAK」という製品シリーズを展開してきた。
1チップで監視回路やシステムリセット、LEDコントロール、電源シーケンスなど、ちょっとしたさまざまな用途にカスタマイズできることから、発売以降、年々販売数は増加。2020年には年間出荷個数が4億2300万個に到達。2021年も8月末時点で3億6800万個を出荷済みで、通年では5億個に到達する勢いだという。
主にデジタルコンシューマなどで活用されているというが、ルネサス(Dialog)では、従来のディスクリート部品で作られてきた基板をGreenPAKで置き換えることで、基板サイズを17.8mm2削減、コストも1.33ドル削減できるとしている。
しかも、無償提供されている専用の開発ツール「GreenPAK Designer」を使えば、GUI上で手軽に機能を設定することができることから、「数時間で設計、数日でプロトタイプ、数週間で製造」という開発メリットをユーザーは享受できるという。
GreenPAKのデジタル版となる「ForgeFPGA」
GreenPAKの構造は、電源投入時に内蔵の不揮発性メモリから回路情報をRAMレジスタに展開する形で所望の機能を構成するというもので、実はこの構造はFPGAに近いものがある。
さらに、GreenPAKは一部ながらロジックも搭載している製品もあり、そうした製品を使うユーザーからはもう少しデジタル部分が欲しいという声も上がっていたという。
そこでGreenPAKのアナログ部分をなくし、デジタル部分を増やしたバージョンという位置づけで「ForgeFPGA」の開発が進められてきた。
そのためForgeFPGAと名前は違っていても、GreenPAKシリーズの製品として位置付けられており、開発もGreenPAK Designerを利用して行うことができるという(GUIを用いた開発のほか、旧来のVerilogでの記述も可能)。
迫間氏は、「従来のFPGAの問題はコスト。そして消費電力も高い。(回路)プログラミングも生産時に必要だし、開発の際のソフトウェアライセンスも購入する必要がある。ForgeFPGAは、こうした問題点を解消し、FPGAを簡単に使えるようにしたもの」だと、その利点を説明する。
狙うは真のグルーロジック
実はFPGA業界、近年、大手のXilinx、Intelはもとより、3番手のLattice Semiconductorの製品であってもプロセッサを搭載したり、エッジAIに対応したりとかなり高機能な方向性を志向しており、中容量領域へと足を突っ込む状況となっている。
そうなると必然的に、本来のFPGAが担っていたCPUの周辺をつなぐ存在、いわゆるGlue Logic(グルーロジック、糊のように複数のチップを接続する存在)としての存在はレガシー製品に限られてくる。
もちろん、FPGAなので、現在でもレガシーな製品を入手することも可能ではある。しかし、昨今の半導体不足でその入手性もおぼつかない場合がでてきている。
グルーロジックとして考えた場合、そこまで高いコストも開発工数もかけたくない。そんなニーズを受け止める存在がForgeFPGAという低容量、省電力、低コストFPGAの位置づけとなる。
ウィニング・コンビネーションに搭載へ
グルーロジックが欲しいユーザーにとっては願ったりかなったりの存在のForgeFPGAだが、同社は公式アナウンスで価格は0.5ドル以下での販売を計画、とうたっており、仮に0.5ドルで2021年のGreenPAK販売個数見込みと同等の5億個ほどが売れたとしても、売り上げ規模は2.5億ドル(100円換算で250億円)ほどと、数千億円規模のビジネスをしているルネサスにとっての経営的なインパクトはそこまで大きくない(とはいっても、製造的には自社工場でも生産できるレベルのレガシープロセスで作れるという話であるため、ウェハ1枚あたりの取れ数を考えれば、利益は出せる計算となるはずである。なお、自社工場で生産するとは言っていないことにも注意が必要)。
ただ、それはForgeFPGAを単体の製品として見た場合に限る。というのも、ルネサスは近年、デバイス単体を提供するのではなく、さまざまなアプリケーションの用途に応じて、ルネサス(元々の三菱電機、日立製作所、NECエレクトロニクスが合併した本体)と、最近立て続けに買収したIntersil、IDT、Dialogの各種製品を組み合わせた(アナログ+パワー+組み込みプロセッシング+コネクティビティ)「ウィニング・コンビネーション(ウイニングコンボ)」というソリューションを展開している。
実は迫間氏、このウイニングコンボの活動の主導者としてのポジションが同社でのメインの役割である。そのため、当然、「今後のすべてのウイニングコンボにForgeFPGAを搭載していく」ことを考えているとする。ForgeFPGA(もしくはGreenPAK)を追加することで、ちょっとした機能変更を付加価値として提供できるようになるとなれば、ウイニングコンボの価値もより高まることとなる。同社にとってみれば、ウイニングコンボの価値をわずか0.5ドル追加するだけで何倍にも高めることができるようになる。まさに今のさまざまな製品ポートフォリオを有するルネサスだからこそできる戦略を展開できるようになるわけである。
顧客からの反応は?
発表から約1か月ほど経った現在のForgeFPGAの状況について迫間氏は「思った以上に顧客からの反応が良い」と評価する。その顧客からの声も、産業機器からIoT、デジタル分野など幅広いという。「IoTでも産業機器でもオフィス機器でも、すべてのデジタル処理が必要なところに提供する」、そんな迫間氏の想いがすでに具現化されつつある。
すでに国内ユーザーからも高い前評判を得ているForgeFPGAだが、現在、ようやく1K LUT品のサンプル出荷が開始された段階。量産も2022年第2四半期からと、実際に多くのユーザーが入手できるようになるにはもうしばらく時間がかかりそうである。また、リリース時には2K LUTも計画していることがアナウンスされているが、こちらは1K LUT品の回路規模を2倍に高めたものとのことで、簡単に製品ラインナップを増やせそうな気もするが、同社の計画としてはまずは1K LUTの生産に集中し、それで市場の創出を図っていくことを目指す模様である(ちなみに通常は4入力LUTだが、モード切替で6入力に切り替えることも可能とのことなので、そうした意味でもさまざまな用途で活用が期待される)。
当然、それと並行して2K LUT品の開発、製造も進められることとなるほか、ユーザーの動向次第ではあるが、GreenPAKとして鍛えたアナログとForgeFPGAのデジタルを組み合わせた小容量ミクスドシグナルや、より大容量となる4K LUT、Dialogの強みである通信機能との融合といった方向性も考えられるという。また、現在の1K LUT品はOTP(One Time Programmable)であるため、書き換え可能なMTP(Multi-Time Programmable)モデルを今後投入していきたいとしている。
ForgeFPGAはゲームチェンジャーになれるのか?
迫間氏は現在のルネサスを「今やマイコンベンダではない」と評する。実際、現在、同社の業績は好調だが、その要因の1つとなっているのがソリューションとしてのウイニングコンボの存在である。だからこそ、何にでも適用できるForgeFPGAは「ウイニングコンボの申し子」になれる可能性がある。
発表からの1か月の間で顧客から得た反応に手ごたえも感じているようで、「将来的には90年代のIntelのように、営業が外に出なくても売れるような存在になれれば良いな、と思っている」とその未来を笑顔で語る(ちなみに迫間氏はIntelからキャリアをスタート、その後、LSIロジックに入社、エンジニアやカントリーマネージャーとして活躍した後、日本IDTのカントリーマネージャーに就任し、現在に至る)。
ありそうで近年なかった小容量FPGA。迫間氏も「いろいろとルネサスは買収をこの数年で行ってきたが、その買収先それぞれに競合が居た。しかし、このForgeFPGAが狙う領域に現在、そうした競合はいない。そうした意味では今までなかったゲームが出てきたような感覚を皆さんにもってもらえるのではないかと思っている」と、ForgeFPGAがゲームチェンジャーとなるほどのインパクトを業界に与える可能性を語る。
かつてXilinxがArmと組んだ際(2009年)、Xilinxの日本法人社長であったSam Rogan氏(当時)は「FPGAが(CPUなどに代わって)基板の中心に置かれ、それを起点としてシステムが組まれるようになってきた」と語った。それ以降、FPGAは確かに、それ単体でシステムを構築できる方向に進化してきた。しかし、そうした方向にFPGAが進化する一方で、FPGAをグルーとして使いたい、というニーズも根強く残ってきた。特に現在の半導体不足は、1つの種類のデバイスが手に入らないのではなく、さまざまな種類のものが手に入らないという状況である。そうした中、さまざまなちょっとした機能を肩代わりできるForgeFPGAの存在は、ものづくり産業の開発や調達の在り方そのものを変える可能性を持った黒船となる可能性を感じさせてくれるものだと言えるだろう。
本格的なローンチとなる2022年、果たしてどうなるのか、その動きに注目したい。