東京工業大学(東工大)は12月3日、低温ポリシリコン(LTPS)に匹敵する高い移動度と実用レベルの安定性を両立させた「アモルファス酸化物薄膜トランジスタ(TFT)」の開発に成功したと発表した。
同成果は、東工大 元素戦略研究センターのキム・ジョンファン助教、同・細野秀雄栄誉教授らの研究チームによるもの。詳細は、「Nature Electronics」に掲載された。
薄膜トランジスタ(TFT)は、ゲート電極が2つの電極と絶縁体薄膜を介して半導体薄膜に電圧をかける構造の素子だ。ゲート電極に小さな電圧をかけることで、2つの電極間に流れる電流を大幅に変化させられるため、電子回路でスイッチの役割を担う基幹デバイスになっている。
アモルファス酸化物「InGaZnO(IGZO)」のTFTは、アモルファスシリコンTFTよりも移動度が10倍以上高く、低温で容易に作製できるという優位性から、2010年代から液晶ディスプレイや有機ELディスプレイに応用されるようになってきたが、近年は、次世代ディスプレイやメモリへの応用などに向け、より高い移動度が求められるようになってきた。
しかし、高い移動度を示す化学組成の酸化物TFTでは、「移動度-安定性トレードオフ現象」という、繰り返して使用していると、スイッチとして働く電圧(しきい値)が動いてしまうという不安定性「しきい値シフト」が生じることが長年の未解決問題として存在しており、実用化が難しいとされてきた。
トランジスタにおけるしきい値シフトは長年のMOSFETの研究から、ゲート絶縁膜の電荷トラップに起因することが明らかにされており、酸化物TFTでも同様であるものと考えられてきた。しかし研究チームは、その考え方では移動度-安定性トレードオフ現象を説明する上で矛盾が生じることに気がついたことから、根本的な原因解明に挑んだとする。
具体的には、しきい値シフトの一種「Negative Bias Temperature Stress(NBTS)」に対して安定した材料と不安定な材料の二層からなるTFTを作製し、電気的特性の調査として、ゲート絶縁膜に電荷がトラップされている場合と、キャリア濃度を変動させた場合について、それぞれの層がどのような挙動を示すかをデバイスシミュレーションが行われた。
その結果、ゲート絶縁膜に電荷トラップがある場合、電界効果移動度曲線の全体的な平行移動が見られた一方、不安定な材料であるITZO層のキャリア濃度を変化させた場合、電界効果移動度が最高値に達したあとの曲線には変動が見られず、固定されていることが明らかとなったという。これは、ITZOのような高移動度酸化物TFTで見られるしきい値シフト現象(ここではNBTS)は、ITZO層のキャリア濃度の上昇に起因すると結論づけられるとする。
また、NBTSによって酸化物層のキャリア濃度がどのように上昇するかが調査されたところ、フォトリソグラフィプロセスのあとに、酸化物半導体層には電気的に無視できない濃度のカーボン系の不純物(CO)が残っており、しきい値シフト量はこのカーボン不純物の量に比例して大きくなることが判明したほか、約350℃以上の熱処理によりCO不純物を完全に除去できること、CO不純物量とNBTS不安定性の間には相関があることが判明。CO不純物が完全に除去された試料は、高いしきい値安定性を示すことが示されたという。
さらに、このCO不純物の生成と不安定性の発生が化学組成に依存するかどうかを確認したところ、CO不純物は化学組成に依存せずに、フォトリソグラフィ後にはどの酸化物でもほぼ同量が形成されるが、不安定性はITZO TFTのみ顕著に現れることが確かめられ、これこそが「移動度-安定性トレードオフ現象」そのものであり、これまで経験的に知られていた、高移動度酸化物TFTの不安定性を裏付けたともしている。
研究チームでは、これらの知見をもとに作製法の最適化を実施。移動度70cm2/Vs、実用化にあたって必須とされるNBTS、Positive Bias Temperature Stress(PBTS)、Negative Bias Illumination Stress(NBIS)といった各種のしきい値シフトのすべての動作条件において高い安定性が実現されたLPTSのTFTに匹敵するITZO TFTを得ることに成功したという。
ただし、今回は、フォトレジスト由来のCO不純物による電子供与性を議論したものの、実際の量産環境では、さらに多くのCO関連不純物が混入する可能性があると考えられるとのことで、今後の酸化物半導体を用いた次世代エレクトロニクスの実現には、より活発な産学連携が必須になるだろうと研究チームではコメントしており、将来的にはLPTS置き換えることも期待されるとしている。