米国航空宇宙局(NASA)は2021年9月21日、2023年に打ち上げを予定している月探査機「ヴァイパー(VIPER)」の着陸地点について、月の南極にある「ノービレ・クレーター(Nobile crater)」に決定したと発表した。
ヴァイパーは、月の南極に眠っているとされる水(氷)などの資源を探索し、有人月探査計画「アルテミス」など、将来のミッションに活かすことを目的としている。
ヴァイパーによる月の水の探索
ヴァイパー(VIPER)はNASAが開発中の月探査車で、月の南極へ送り込み、氷の状態で眠っていると考えられている水などの資源について、その場所や埋蔵量を調べ、そして実際に取り出すことを目指している。
月の自転軸はほぼ垂直であることから、南極や北極にあるクレーターの内部には、まったく陽の光が当たらない「永久影」が生じ、そこには水が氷の状態で眠っていると考えられている。ただ、これまでNASAなどのいくつもの月探査機が、軌道上から水の探索を行ったが、存在することを示す直接的な証拠は得られていない。
また、永久影では太陽電池が使えないことから、探査車による探査はこれまで行われてこなかった。
水は人間が生きる上で欠かせないものであり、また電気分解して水素と酸素を取り出せば、ロケットの推進剤や燃料電池の燃料としても使える。もし月に水があれば現地調達ができ、簡単に利用ができるが、なければ地球から持ち込まなくてはならず、莫大なコストや手間がかかる。月に水があるかどうかは、月で人が暮らせるかどうかを左右する鍵を握っている。
とくに現在、NASAは国際共同による有人月探査計画「アルテミス(Artemis)」を進めており、将来的には国際宇宙ステーション(ISS)のように、宇宙飛行士が月に滞在し続けることが計画されている。ヴァイパーは、その前途を占う重要な使命を背負っている。
ヴァイパー(VIPER)とは、「Volatiles Investigating Polar Exploration Rover(極域で揮発性物質を調べる探査車)」の頭文字を取ったもので、またマムシやハブなどのクサリヘビ科の総称にもかかっており、月の水を獰猛に探すというような意味合いも込められている。
探査車の寸法は1.5m×1.5m×2.5mで、ゴルフカートくらいの大きさをもつ。質量は約430kgになるという。設計寿命は100日間が予定されている。
車体には、大きく4つの観測機器を装備する。まず「NSS」と呼ばれる中性子分光計で、月の地下にある水素を検出し、水の在り処にあたりをつけ、採掘できそうな場所を探す。そして、全長約1mのドリル「TRIDENT」で、NSSであたりをつけた場所を掘り、土壌のサンプルを採取する。
そして、そのサンプルを近赤外線揮発性成分分光計「NIRVSS」と、質量分析計「MSolo」という2つの機器で分析する。前者は、たとえば検出した水素が、いわゆる水(水分子)なのか、それともヒドロキシ基(1つの酸素原子と1つの水素原子から成り立っているもので、鉱物などにくっついた状態で存在)なのかといったことを調べる。後者はミネラルと揮発性成分を分析し、サンプルに含まれる元素を調べることを目的としている。
こうした探査により、水などの資源の有無からその埋蔵量、またそうした資源が、どこから来て、どのように月にたどり着き、そしてどのように保存され続けてきたのか、どのように月から失われていくのかといったことを明らかにすることを目指している。
目的地は「ノービレ・クレーター」
そして今回、NASAはヴァイパーの着陸・探査地点として、月の南極にある「ノービレ・クレーター」の西側の山岳地帯を選定したと発表した。
ノービレ・クレーターは、南緯85.2°、東経53.5°にあるクレーターで、スコット・クレーターの南側、アムンゼンの西縁に位置する。また南極点との間には、シューメイカーとファウスティニという2つの小さなクレーターもある。ノービレという名前は、イタリアの探検家、技術者のウンベルト・ノービレに由来する。
この場所が選ばれたのには、内部がほぼ永久的に影に覆われており、水(氷)が存在する可能性があること、またノービレ・クレーターの周囲にも、水が存在する可能性のある小さなクレーターが点在していることなど、資源を探すうえで理想的な条件が揃っていることが理由だという。
さらに、ヴァイパーが活動しやすい場所であることも大きな理由となっている。水の探索のためには永久影の中に入る必要があるが、ヴァイパーは太陽電池で動くため、永久影の中では充電したバッテリーのみでタイヤやヒーターを動かす必要がある。そこにおいて、ノービレ・クレーターとその周辺は、つねに影に覆われている場所と、ほとんどの時間陽の光が降り注いでいる場所とがあるため、無理のない走行、探査計画を立てることができるのだという。
現時点の計画では、ヴァイパーは科学的に興味深い場所を少なくとも6か所探訪することができ、そのうえでさらに時間的余裕もあり、機体の状態などが順調なら延長ミッションも可能な余地があるとしている。
NASA科学担当副長官のトーマス・ザブーケン(Thomas Zurbuchen)氏は「ヴァイパーが調べるデータは、世界中の月の科学者たちにとって、月の起源、進化の歴史について多くの洞察を与えるとともに、月の環境をより良く理解することで、アルテミス計画をはじめとする将来の月探査ミッションに役立つことでしょう」とその期待を語る。
また、ヴァイパーのプロジェクト・マネージャーを務めるダニエル・アンドリューズ(Daniel Andrews)氏は「ヴァイパーの着陸地点を決めることは、私たち全員にとってきわめて重要かつ胸が高まる決断でした。月の極域がどうなっているのかについては、これまで何年もの研究が費やされましたが、ヴァイパーは過去の科学的知見に基づき、未知の領域に挑み、月の資源に関する仮説を検証し、そして将来の有人探査にとってきわめて重要な情報を明らかにします」とコメントしている。
ヴァイパーの打ち上げは2023年後半以降に予定。打ち上げには、スペースXの「ファルコン・ヘヴィ」ロケットを使用。NASAの商業月面輸送計画「CLPS (Commercial Lunar Payload Services)」に基づき、米民間企業アストロボティックの月着陸機「グリフィン(Griffin)」で月へと運ばれることになっている。
参考文献
・NASA’s Artemis Rover to Land Near Nobile Region of Moon’s South Pole | NASA
・VIPER Mission Overview | NASA
・Planetary Names: Crater, craters: Nobile on Moon