東京大学(東大)と産業技術総合研究所(産総研)は9月7日、高純度かつ欠陥のない有機半導体単結晶の1分子層(厚さ4nm)に対して高密度にキャリアを注入することで二次元ホールガスが形成され、さらに4分子当たり1電荷に相当する高密度のホールを誘起したところ、「絶縁体-金属転移」を実験的に観測することに成功したと発表した。

同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻の糟谷直孝 大学院生、同・鶴見淳人 大学院生(研究当時)、同・岡本敏宏 准教授(科学技術振興機構 さきがけ研究員)、同・渡邉峻一郎 准教授(産総研 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務(研究当時))、同・竹谷純一 教授(東大 連携研究機構 マテリアルイノベーション研究センター 特任教授/産総研 産総研・東大 先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ 客員研究員 兼務(研究当時)/物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 MANA主任研究者(クロスアポイントメント)兼務)らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料工学および材料科学全般を扱う学術誌「Nature Materials」に掲載された。

不純物のない絶縁性の固体物質に電子や正孔(ホール)を高密度に注入すると、電気を流さない絶縁体から電気を流す金属へと変化する「絶縁体-金属転移」は固体物質における電子相転移であり、長く精力的に研究されてきた歴史があるが、半導体的な性質を持つ有機半導体結晶についても、長年にわたって絶縁体-金属転移の研究が進められてきたが、これまでのところ、実験的に実証されてはいなかったという。その理由は、欠陥のない高純度な有機半導体薄膜を製造することが困難であること、ならびに有機半導体の結晶は分子間力のみの弱い相互作用で構成されているため、外界からのかく乱に弱く、高密度に電荷を注入することも困難であるといった課題があったためだという。

研究チームはこれまで、厚さが数分子層の有機半導体単結晶薄膜を印刷プロセスによって作製する技術の研究開発を進めてきており、この技術で得られた有機半導体「C8-DNBDT」薄膜の表面にはわずかな欠陥もなく、薄膜中の分子層数も精密に制御できるため、絶縁体-金属転移の実証に最適と考えられたことから、今回の研究に至ったという。

そうして今回の研究では一般的な電界効果トランジスタ(FET)の絶縁体層をイオン液体に置き換え、小さな電圧で高密度に電荷を注入することを可能とした「電気二重層トランジスタ構造」(EDLT)が作成された。

  • 絶縁体-金属転移

    (a)C8-DNBDTの構造式。1分子がパイ共役電子系を持つ骨格と両端のオクチル基で構成されている。(b)左はC8-DNBDTの単結晶を用いたEDLTの概略図。右はイオン液体とC8-DNBDTの界面の模式図。半導体表面に堆積したイオン液体のアニオンと正孔キャリアが誘起されているキャリア伝導層(C8-DNBDTのパイ共役系骨格)との間に、結晶構造に従って並んでいるオクチル基で構成された絶縁層が存在し、アニオンと正孔を物理的に隔離する壁の役割をしている。略語は以下の通り。PEN:ポリエチレンナフタレート、EMIM:イオン液体を構成する典型的なカチオン(陽イオン)、TFSI:イオン液体を構成する典型的なアニオン(陰イオン)、DNBDT:研究チームが今回開発したヘテロアセン骨格を有するp型有機半導体のコア (出所:共同プレスリリースPDF)

実際にEDLTを用いてC8-DNBDTに4分子当たり1電荷に相当する高密度なホールの誘起を行ったところ、260Kにて17kΩ程度の低いシート抵抗(Rsheet)が得られたという。これは、一般的なFETと比べて1桁程度低い値であり、絶縁体-金属転移の指標となる「量子化抵抗」(25.8kΩ)に比べても十分に小さな値であるという。また、同薄膜のシート抵抗は10K程度の低温まで単調に減少し続けるという金属状態特有の温度依存性も示されたことから、有機半導体結晶においても金属状態が実現していることが確認されたとする。

  • 絶縁体-金属転移

    (左)各ゲート電圧VGにおけるシート抵抗Rsheetの温度T依存性。「nHall, 180K」はキャリア密度が表されている。黒の破線は量子化抵抗h/e2(~25.8kΩ)が表されている。(右上)作製されたデバイスの顕微鏡像。(右下)C8-DNBDT数分子に渡り、電子が二次元分子面に広がっている状態のイメージ。複数のサンプル(Sample1、Sample2)において、高密度に電荷を注入することで絶縁体-金属転移が実証された。Sample2において、最小のシート抵抗値2kΩが得られたのである (出所:共同プレスリリースPDF)

さらに、「Hall効果測定」により得られた「キャリア移動度」の温度依存性は、二次元電子系の標準モデルと一致していることも確認され、この系において1分子層厚みに電荷が閉じ込められた「二次元ホールガス」が形成されていることも判明したとする。

なお、有機二次元ホールガスの電気抵抗が無機材料と比べて同程度であることも判明したとのことで、研究チームでは、この成果を活用していくことで、有機半導体における電子相転移の基礎研究に加えて、高速電子デバイスや量子エレクトロニクスデバイスへの応用が加速することが期待されるとしている。