軌道上でもひと悶着

プロトンMによって打ち上げられたナウーカは、予定どおりの軌道に入り、太陽電池パドルの展開にも成功。ISSへ向けて単独で飛行を始めた。

ところが、ISSとのドッキングに使うための、「クールスA」と呼ばれる自動ランデヴー・ドッキング・システムのアンテナが展開しないというトラブルが発生。一時は手動ドッキングを余儀なくされる可能性もあったが、その後展開が確認された。ただ、トラブルシューティングの結果展開したのか、そもそも展開していたもののテレメトリーで確認できなかっただけなのかは不明である。

しかしその後、ロシアの一部メディアの報道や、宇宙開発コミュニティに投稿された非公式の情報によると、姿勢を確認するために使う赤外線センサーが機能していないことが判明。恒星の位置から姿勢を割り出すスター・トラッカーも、一部が機能していないことがわかったという。

さらにスラスターにも問題が起き、ISSへ向かうための軌道変更ができない状態にあるとも伝えられた。ナウーカには、軌道を変更するための比較的大きな推力のスラスターと、姿勢を制御するための低推力のスラスターの2種類があるが、配管の損傷、もしくはソフトウェアの問題で、前者のスラスターを動かすための圧力が上がらないか、燃料が流れない状態になっていたという。

ロスコスモスはこれらの問題について一切発表や説明をしておらず、同社のドミートリィ・ロゴージン社長に至っては、Twitterで「すべて順調」と発言し、こうした報道や噂を否定すらしていた。しかし、当初予定されていた軌道変更が延期されたこと、またピールスの分離も延期されたことで、なんらかのトラブルが起こったことが示唆されている。

23日になり、ようやく最初の軌道変更が行われた。ただ、その増速量は小さく、おそらく大推力スラスターではなく、低推力スラスターを代用して行われたものとみられる。ただ、24日には、大推力スラスターによる軌道変更にも成功したと伝えられ、実際にアマチュアの衛星ウォッチャーなどによって、軌道が大きく変わったことも確認されている。

また、アンテナのトラブルが伝えられていたクールスAについても、25日には自動ランデヴー・ドッキングの試験にも成功したと発表された。

29日までの時点で、実際に何が起こっていたのか、詳細は不明である。少なくともなんらかの問題が起きていたのは間違いないようだが、ISSへのドッキングに支障がない程度にまでは復旧したものとみられる。また、ISSへのドッキングにはNASAなどの同意が必要となるはずだが、表立って異論は出なかったことから、NASAなども問題がないことを確認したものとみられる。

そして29日、ナウーカはISSに接近した。ランデヴーは順調だったものの、ドッキングの直前でクールスAシステムが停止。急遽手動ドッキング・システムに切り替えられ、ISSに滞在しているロシアの宇宙飛行士の操縦により無事にドッキングしたものの、最後の最後までひやひやさせられる事態となった。

  • ナウーカ

    ISSに接近するナウーカ (C) Roskosmos

ナウーカの今後

宇宙のサグラダ・ファミリアと化していたナウーカがついに打ち上げられ、ISSの一部となったことは、ロシアの宇宙開発全体にとっては四半世紀もの間、またそもそもの起源をたどるとソ連時代から温め続けてきた計画がようやく結実したことを意味する。

今後ISSにおいては、とくにロシア側の活動が、質・量ともに広がることが期待される。とりわけ、モジュールの内外で科学実験・研究ができるようになったことはロシアにとって大きな利益があろう。

また、老朽化が進むISSにおいて、新しい生命維持システムを積んだモジュールが増えることは、冗長性の確保、万が一の際の避難場所といった点からも大きな意義ある。

とはいえ、ナウーカは建造開始からすでに四半世紀が経っていることは忘れてはならない。おそらく断熱材や気密パッキンをはじめ、老朽化が進んだ部品は新しいものに交換され、いわばリノベーションされているだろうが、基礎となる構造物などはそのままであり、決して新築とはいえない。

ISSの運用は最長でも2030年までと想定されていること、ナウーカとほぼ同型で、同時期に造られたザリャーがすでに22年間宇宙で運用されていることから、大きな問題が起こる可能性はそれほど大きくはないだろうが、すでに幾多のトラブルを起こしていることもあり、今後の動向を注意深く見守る必要がある。

また、開発時の度重なるトラブルと計画の遅延は、ロシアの宇宙技術の没落を映す鏡となり続けた。筆者が本誌でたびたび取り上げているように、ロシアの宇宙開発は近年、今回に限らずロケットの打ち上げ失敗や衛星の故障などの問題が相次いでいる。

また、打ち上げ直前になってもトラブルが起きたこと、さらに打ち上げ後にもトラブルが相次いだとみられることは、いまなお信頼性の回復に成功していないことを示している。ロスコスモスがそうした問題に対して十分な情報公開をしなかったことも含め、今後に大きな不安を残すこととなった。

現在ロシアは、新型宇宙船「アリョール」を開発しているほか、前述のように2025年以降には独自の宇宙ステーションを建造する方針を打ち出している。はたしてロシアの有人宇宙開発は、ナウーカが歩んだ苦難の歴史から学び、立ち直り、そして栄華を取り戻すことができるのだろうか。

  • ナウーカ

    ISSと結合したナウーカ (C) Roskosmos

参考文献

https://www.roscosmos.ru/31943/
https://www.roscosmos.ru/32026/
ESA - European Robotic Arm is launched into space
https://nplus1.ru/news/2021/07/22/mlm-fuel
MLM Nauka module for ISS