伊・グランサッソ国立研究所と米・サンフォード地下研究所は7月20日、ダークマターの直接探索を目指す「XENON/DARWINコラボレーション」と「LUX-ZEPLINコラボレーション」の研究者たちが、次世代のダークマター直接探索実験に向けて共同で検出装置の設計、建設、運用を行うことを目的とする研究協力協定を同月6日に結んだことを発表。それを受けて東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)は7月21日、この研究協力協定において署名した16か国104名の研究者の中に、Kavli IPMUのカイ・マルテンス主任研究者と、山下雅樹特任准教授が参加していることを発表した。

宇宙に存在する物質の85%ほどは、現在観測ができない、謎の存在ダークマターと言われている。ダークマターは現在検出されているどの素粒子でもなく、よくわからない存在であり、現代科学においてダークマターの直接観測に成功することは、大きな挑戦の1つとされている。

現在、液体キセノンをターゲットに用いたダークマター直接探索実験として、「LUX-ZEPLIN」と「XENONnT」の2つが2021年中の計画始動に向けて準備を進めている。

LUX-ZEPLINは、米・サンフォード地下研究所が実施する実験で、7.0トンの液体キセノンを用いてダークマターの直接検出を目指す。一方、XENONnTは伊・グランサッソ国立研究所が実施する実験で、こちらは5.9トンの液体キセノンを用いてダークマターの直接検出を目指すというものだ。

「ダークマターは通常の物質とは重力でしか相互作用しない」とされるが、正確には通常物質と衝突する可能性は完全なゼロではない。液体キセノンをトン単位で用意して、長く待ち続ければ、確率的にいつかはどれか1つぐらいはキセノンの原子核にダークマターが弾性散乱する可能性があると言われている。

弾性散乱する際にエネルギーの一部を落とし、液体キセノンがシンチレーション光を放つが、キセノンはその発光量が多く、光電子倍増管が捉えやすい。それが、ダークマター探索でキセノンが選ばれる理由の1つで、日本のXMASS実験などでも使われてきた。

また、キセノンは10トンクラスの大型化が容易である点、液体・気体・固体の各相を利用できるため、内部のバックグラウンド(ノイズ)のもとであるウランやトリウムなどを極端に少なくできる点なども特徴で、ダークマターからの信号は非常に希で、なおかつ非常に小さいエネルギーであると考えられるため、放射線バックグラウンドを落として、エネルギーしきい値をどれだけ下げられるかが検出のポイントとなるほか、キセノンは原子番号が54と大きいことから、“自己遮蔽”が有効で、外部からのガンマ線バックグラウンドを減らせる点も選ばれる理由となっている。

なお、XENONnTの前身であるXENON1T実験は、2020年6月17日に電子散乱事象の超過を観測したと発表し話題となったが、ほかの理由も考えられるため、これがダークマターを検出した確たる証拠というわけではない。本当にダークマターであるかどうかを確定させるためには、さらなるデータが必要で、XENON1験の発展型であるXENONnTと、LUX-ZEPLINが重要となってくるという。

今回の研究協力協定の一方であるDARWINコラボレーションは、XENON1TおよびXENONnTを運用するXENONコラボレーションの発展的組織で、より巨大な次世代検出装置を建設するため必要な研究開発に焦点を当てて活動を行うサブグループが追加されている。マルテンス主任研究者と山下特任准教授は、XENONコラボレーションに加えて、このDARWINコラボレーションのメンバーでもある。

DARWINコラボレーションでは、これまでにない低バックグラウンドを実現した大量の液体キセノン次世代検出装置を開発するという。それによりダークマターの直接検出をより高感度で行うことに加え、多岐にわたる研究課題に取り組むことを目標としている。

2つ目の目標も非常に重要な、宇宙における物質と反物質の不均衡として知られる「宇宙の物質優勢の謎」に迫る手がかりとなる、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の探索とされる。そのほか、太陽で生成される可能性のある未発見粒子アクシオン(ダークマターの候補の1つ)の探索や、素粒子の稀崩壊現象の探索、太陽ニュートリや大気ニュートリノ、超新星ニュートリの観測も行われる。

今回の研究協力協定により、DARWINコラボレーションとLUX-ZEPLINコラボレーションは協力して、新しい共同検出装置を建設することを目指す(建設地については未決定)。次世代の液体キセノン検出装置はダークマターの検出感度を現行の検出装置の少なくとも10倍以上向上させる予定だという。開発にあたっては、XENONnTやLUX-ZEPLINのために開発された技術や、DARWINコラボレーションに後押しされた技術が組み合わされる予定としている。

なお、研究協力協定に署名したマルテンス主任研究者と山下特任准教授は、それぞれ次のように述べている。

マルテンス主任研究者は、「ダークマターの正体に迫ることは、Kavli IPMU設立以来の主要目的の1つであり、日本のXMASS実験もそのダークマター直接探索実験の1つです。2017年には、私は世界有数のダークマター直接探索実験プロジェクトであるXENONとの共同研究に参加し、昨年からはその次世代の後継実験となるDARWINのプロジェクトにも参加しています。山下さんは、XENON-10の頃からのベテラン研究者であり、早稲田大学の道家先生の研究室に所属してXMASSの研究で学位を取られて後、この分野のリーダーとして活躍しています。そして今回、この研究協力協定の締結によって、現在進められているダークマター直接探索実験の将来展望の道筋がつけられたのです。XENONとLUX-ZEPLINという世界をリードする2つの国際共同実験が、それぞれの持つ知識と技術を組み合わせ、現在進行中の実験が一段落した後に、共にダークマターの直接探索に挑戦するのです。日本グループは、XMASSとXENONで培った信頼度の高い確立された技術を武器に、貢献していきます」と述べている。

山下特任准教授は、「私は、学生の頃から20年以上、この液体キセノンを用いたダークマター直接探索実験の研究をして来ました。今、世界の研究者が一丸となって、世界で1つの究極な観測装置を作ろうとしています。ダークマターは宇宙の歴史の中で星や銀河、また我々が存在するのに重要な役割を担ってきました。しかし、その正体は不明です。この大きな課題にXENONnTや今回の次世代検出器で発見できるのを大変楽しみにしています。Kavli IPMUでは理論と実験の両面からダークマターの研究をしており、大きな貢献をできるよう研究を進めていきたいと考えています」と述べている。

なお、今回の研究協力協定において署名した日本人研究者は、マルテンス主任研究者と山下特任准教授のほかには、名古屋大学 素粒子宇宙起源研究所/宇宙地球環境研究所の伊藤好孝教授、神戸大学 粒子物理学講座 粒子物理学教育研究分野の身内賢太朗准教授の2名がいるという。

  • ダークマター

    XENONとLUX-ZEPLINの両実験で用いられる次世代の液体キセノン検出装置が取り組もうとしている研究課題の概要を示したもの。ダークマター直接探索のほかにも、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の探索、太陽アクシオン探索、太陽ニュートリノや大気ニュートリノ、超新星ニュートリノの観測なども行われる (C)Next Generation Liquid Xenon Observatory (出所:Kavli IPMU Webサイト)