米国の宇宙企業シエラ・スペース(Sierra Space)は2021年6月24日、ジェネラル・アトミックス・エレクトロマグネティック・システムズ(GA-EMS)との間で、原子力ロケットのひとつである核熱推進システムの開発に関する契約を結んだと発表した。
この核熱推進システムは、米国国防総省国防高等研究計画局(DARPA)が進める「DRACO(Demonstration Rocket for Agile Cislunar Operations)」と呼ばれるもので、2025年に地球低軌道上での実証を行うことを目指す。
DRACOプログラム
DRACO(ドレイコー)プログラムは、DARPAが主導する宇宙計画で、軌道上で核熱推進システムの技術実証を行い、シスルナー空間(地球と月の間の空間)を飛行するための推進システムの分野に、技術革新をもたらすことを目指している。
核熱推進システムとは、原子炉を使って推進剤を高温に加熱し、ノズルから噴射することで推力を得るというもの。
従来、宇宙航行で使われてきた推進システムには、推進剤を燃焼させてそのガスを噴射する化学推進や、電気を使って物質を噴射して推進力を得る電気推進などがあるが、化学推進は比推力(効率)が、電気推進は推力が比較的低いという欠点がある。
一方核熱推進は、システムの規模や推進剤などにもよるが、比推力は化学推進の2~5倍、推力は電気推進の約1万倍という、両者のいいとこ取りをしたような性能をもつ。
核熱推進は1960年代から米国やソビエト連邦で開発が行われたが、技術面やコスト面、なにより安全面から、実用化には至っていない。
DARPAでは、液体水素を推進剤とする核熱推進システムの開発を目指しており、実現すれば、地球と月、火星との飛行時間を大幅に短縮できると期待されている。また、将来的には有人深宇宙探査にも活用することを見込んでいるとしている。
DAPRAは今年4月に、DRACOプログラムの実施企業として、GA-EMSのほか、ジェフ・ベゾス氏の宇宙企業ブルー・オリジン(Blue Origin)、大手航空宇宙メーカーのロッキード・マーティンの3社と契約。このうちGA-EMSは原子炉の設計を行い、ブルー・オリジンとロッキード・マーティンはそれぞれ独立して、実証や運用に使う宇宙機のシステムのコンセプトや予備設計を担当することになっている。
そして今回、シエラ・スペースはGA-EMSとの間で、推進系の部品とシステムのインテグレーション(統合)を実施する契約を締結した。シエラ・スペースは、米国の大手航空宇宙メーカーのシエラ・ネヴァダ(Sierra Nevada)の商業宇宙部門子会社である。一方のGA-EMSは、原子力潜水艦をはじめ、陸海空、宇宙の分野で高い実績をもつ大手メーカーである。
両社は今後18か月の間に、出力や質量、インタフェース、制御などのシステム要件を定義し、サブシステムのリスク低減を行う作業を実施。そして、それを踏まえて実証システムを開発し、早ければ2025年にも、地球低軌道上で飛行試験を行う予定だとしている。
シエラ・スペースの推進・環境システム・グループの副社長を務めるトム・クラッブ(Tom Crabb)氏は「この技術は、新しい宇宙ビジネスにとって必要不可欠なものです。より速く、より燃費のいい推進・輸送システムは、シスルナー空間の認識を高め、太陽系のより広い範囲の探査を支えることになるでしょう。そして理論的には、他の惑星に従来の2倍の早さで到着でき、人間の体や環境システムにかかる負担を軽減することができるでしょう」と期待を語る。
また、シエラ・スペースの推進システムの責任者を務めるマーティ・チャヴェリーニ(Marty Chiaverini)氏は「GA-EMSが開発する原子炉は、小型で技術的に優れており、そして私たちは、宇宙用の機械や電気、熱制御システムの開発や、液体水素を燃料とするロケットエンジンや液体水素ターボポンプの開発などで高い実績をもちます。GA-EMSとのチームワークに非常に期待しています」と語っている。
またDARPAでは「国防総省は、陸・海・空での迅速な作戦行動を重視しています。しかし、宇宙空間においては、現在の電気推進や化学推進では、推力質量比や推進剤の効率に問題があるため、これまで困難と考えられてきました。しかしDRACOの核熱推進システムは、化学推進と同等の高い推力質量比をもちながら、電気推進の効率に近い性能をもたせられる可能性があります。これにより、シスルナー空間での迅速な行動という国防総省の基本方針を実現することができるのです」とコメントしている。
参考文献
・Sierra Space | Sierra Space Provides Integration Services for New Nuclear Propulsion System as Part of DARPA’s DRACO Program
・Demonstration Rocket for Agile Cislunar Operations
・DARPA Selects Performers for Phase 1 of Demonstration Rocket for Agile Cislunar Operations (DRACO) Program