もし今、Macの仮想環境でWindowsを使っていて、新製品の購入を考えているなら、この1年で大きな決断をしなければならないかもしれない。今使っている環境をできる限り延命して使い続けるか、それともWindowsが動かないM1 Macを購入するかだ。Appleはこれから、新しいプロセッサであるM1と、これに続くM2、M3といったプロセッサをベースにしたMacを出荷する可能性が高い。この魅力的なプロセッサは悩ましい課題をユーザーへ突きつけている。それは、この魅力的なプラットフォームを手に入れる代わりにWindowsの利用を諦めるかどうかだ。

M1は欲しい!けれど、Intel Windowsは動かないという厳しい現実

Macで動作する仮想化アプリケーションにはParallels Desktop、Oracle VM VirtualBox、VMware Fusionなどがある。Parallelsは2021年4月14日(米国時間)、M1 Macに対応したParallels Desktop 16.5を公開したばかりだ。Apple M1プロセッサは性能が魅力的だ。高速で、省電力で、コアの数は多く、発熱量は少ない。このコアの数の多さは仮想環境と相性がよい。今、仮想環境を使っているなら、M1を使いたいと思うのは当然だ。さらに今後はM2、M3と次のプロセッサの登場が予測されている。Appleはこの新しいプロセッサをMacでも採用するとみられている。

しかし、M1と仮想化アプリケーションには良い面と悪い面がある。Parallels Desktop 16.5はM1 Macに対応したものの、仮想環境で動作するのはARMに対応したオペレーティングシステムだけだ。つまり、M1 MacではARM版のWindowsは動作しても、Intel版のWindowsは動作しない。そして現在、ARM版WindowsをM1 Macで使うというのはライセンス的に現実的ではないため、実質的にM1 Macの仮想環境でIntel版Windows 10を動作させる選択肢はないということになる (QEMUでIntel版Windows 10が動作することは知られているが、グラフィックまで含めると快適な速度とは言えないようだ)。

  • M1 Macへの対応を進めるVMware Fusion - 資料: VMware提供

    M1 Macへの対応を進めるVMware Fusion 資料: VMware

VMwareは2021年4月30日(米国時間)、「Fusion on Apple Silicon: Progress Update - VMware Fusion Blog - VMware Blogs」において、VMware FusionのM1 Mac対応状況を伝えた。この報告はM1 MacとIntel Windowsを巡る状況がわかりやすく、そして率直にまとまっており参考になる。少なくとも今年1年間はこの状況が現実になる可能性が高い。

よいニュースはコレだ

まず、よいニュースから行こう。VMwareは2021年中にM1 Macで動作するVMare Fusionのパブリックテックプレビュー版の公開を予定している。VMwareはこれまでARM版プロセッサに対応するための開発を行ってきており、M1 Macに対応するための準備がある程度できていたという実情がある。2021年中にM1 Macに対応したVMware Fusionのパブリックテックプレビュー版を公開する目処が立っているのには、そうした背景がある。

そして、M1 Mac向けVMware Fusionの開発はとてもうまく進んでいるという。次のスクリーンショットはM1 MacBook Airで動作する開発版VMware Fusionで7つのオペレーティングシステムを動作させているところだ。

  • M1 MacBook Airで動作する開発中のVMware Fusionと7つの仮想環境 - 資料: VMware提供

    M1 MacBook Airで動作する開発中のVMware Fusionと7つの仮想環境 資料: VMware

  • M1 MacBook Airで動作する開発中のVMware Fusionと7つの仮想環境 - 資料: VMware提供

    M1 MacBook Airで動作する開発中のVMware Fusionと7つの仮想環境 資料: VMware

仮想環境で動作しているのは次のオペレーティングシステムとされている。

  • VMware Photon OS 4.0 (Arm)
  • Ubuntu 21.04 (arm64)
  • Fedora 34 (aarch64)
  • FreeBSD 13 (64-bit ARM)
  • Debian 11.x (64-bit Arm)
  • Ubutnu 20.04.2 (aarch64)
  • Kali 2021.1 (arm64)

開発者はこれまでの12年間の経験の中で、これだけの仮想環境が同時に起動して動作しているのを見たことがないと説明しており、M1プロセッサが優れた性能を提供していることを説明している。さらに、そのパフォーマンスにも関心を示している。まだ3Dハードウェアアクセラレーション機能が存在していないにもかかわらず、他の製品と比較しても優れたパフォーマンスを実現しているという。

ARMプロセッサ版のオペレーティングシステムを仮想環境で動作させるという点において、M1 Macは今のところとても高い評価を得ている。製品版として公開されたあとも期待が持てる状況だ。

悪いニュースは実に最悪だ

そして、次に悪いニュースだ。VMwareは、Intel版WindowsをVMware Fusionで動作させるつもりがない。少なくとも、現在取り組んでいるプロジェクトにその開発は取り込まれていないという。Intel版オペレーティングシステムは、M1 Macで動作するVMware Fusionでは使えない。仮想環境で動作するのはARM版オペレーティングシステムだけだ。先に説明した通り、これはParallels Desktop 16.5でも同じ状況だ。

さらに、仮想環境で動作するWindowsは、優先順位においてLinuxよりも低い。VMwareはARM版LinuxをM1 Mac対応のVMware Fusionで動作させることに力を注いでおり、ARM版Windowsの対応は次点とされている。

望みはARM版WindowsをM1 Macで動作させることだが、これも今のところ状況は芳しくない。Microsoftは、仮想環境で使用できるARM版Windows 10の販売を行っていない。ARM版Windows 10の開発版はライセンス版のWindows 10を搭載したシステムにおいてのみインストールが許可されており、M1 Macで動作するVMware Fusionでは使うことができない。要するに、今のところM1 MacでWindowsを実行する方法は詰んでおり、現実的な手段がないのである。

MacでMacを仮想環境で動作させている場合も、M1 Macの状況は良くない。VMwareはM1 Mac向けVMware FusionではmacOSはしばらくの間は対象外になると説明している。解決すべき課題があり、Appleと協力して解決する必要があるためだとされている。

M1 MacでIntel版OSを動かすことはできるけど……

M1 Macで本当にIntel版Windowsを実行することができないのかというと、そんなことはない。すでにQEMUはそれを可能にしているし、QEMUを使ってM1 MacでIntel版オペレーティングシステムの動作をサポートしているプロダクトも存在している。実用的な速度になるかどうかは別の問題だが、動作させることができるかどうかという点で言えば、可能だ。

しかし、だからといってサポートするかどうかは別の問題だ。VMwareは、「少なくとも当面の間、(Intel版オペレーティングシステムを動作させるために)必要となるエンジニアリングの労力に比べて、ビジネス上の価値がそれほどない」と説明している。開発にかける労力の割にお金にならないというのがVMwareの現在の判断ということになる。そういうことであれば、対応しないのはしょうがない。

現状、取り得る戦略はこうなりそう

現状を整理すると、仮想環境でWindowsを使っているMacユーザーのうち、新しいM1プロセッサに魅力を感じているユーザーにとって、最も可能性は低いが、最も理想的な未来像は次のようなものになる。

  • 【プランA】Parallels、Oracle、VMwareがIntel版Windows 10が動作する仮想化アプリケーションを販売/出荷する

これなら、現在使っている仮想環境をそのまま新しいM1 Macへ移行させればよい。Macの動作はサクサクと快適になり、仮想環境も快適に使える。しかし、Parallelsは現時点で対応していないし、VMwareは出す気がないと(少なくとも現状では)説明しているので、上記はかなり可能性が低い。来ない未来を待っていても意味がない。

となると、次の理想解は次のものだ。

  • 【プランB】Microsoftが仮想環境で使用できるARM版Windows 10を販売/出荷する

こちらはなんとも言えない。現実的な落とし所のようにも思えるし、M1やM2、M3といったプロセッサを搭載したMacのシェアが増加したらMicrosoftも出荷を検討してくれるかもしれない。しかし、結局出ないかもしれない。この点に関しては現状ではこれ以上判断できる材料がない。

現状明らかになっていることだけから考えると、仮想環境でWindowsを使っているMacユーザーのうち、新しいM1プロセッサに魅力を感じているユーザーは、次の取り組みが落としどころになるように思う。

  • 【プランC】M1 Macやそれに続くM2 Mac、M3 Macを購入する。Intel版Windowsを動作させているIntel Macは修理をするなどして、可能な限り延命させて利用する。延命中にWindowsでしかできないことを徐々にM1 Macへ移行させていく。延命中にプランAやプランBが実現されたらラッキーだと思っておく。

VMwareがはっきりとM1 Mac向けVMware FusionでIntel版Windowsをサポートしないと説明してくれたことは幸運だったかもしれない。いつ出るかわからない機能を持った製品を待つよりも、出ないことを前提として検討するほうが健全だ。

Macで仮想化アプリケーションを使ってWindowsを活用しているユーザーの絶対数がどれほどかわからないが、こうしたユーザーにとってM1 Macの登場は嬉しくもあり難しくもある状況を生み出したのは間違いのないところだ。どうやってこの状況と向き合っていくか、今後発表される情報などをキャッチして柔軟に判断を変えていくことになりそうだ。