東京大学(東大)は4月2日、1PeVを超す高エネルギーの宇宙線を生成できる強力な天体「ペバトロン」が、過去または現在の銀河系(天の川銀河)に存在する決定的な証拠となる観測結果を得ることに成功したと発表した。

同成果は、同大 宇宙線研究所 高エネルギー宇宙線研究部門の瀧田正人 教授、同 川田和正 助教、同 大西宗博 助教、横浜国立大学 大学院工学研究院の片寄祐作 准教授、日本大学 生産工学部教養・基礎科学系の塩見昌司 准教授、神奈川大学 工学部物理学教室の日比野 欣也 教授らが参加する、中国と日本の研究機関で構成される現在33機関95名からなる国際共同研究グループ(チベットASγ実験グループ)によるもの。詳細は、4月5日付(日本時間)の米国科学誌「Physical Review Letters 電子版」に掲載される予定だという。

国際共同研究グループは、中国チベット自治区の羊八井高原(ヤンパーチン、標高4300m)に建設された多数のシンチレーション検出器を活用した空気シャワー観測装置、ならびにその地下に設置されたスーパーカミオカンデの技術を活用した地下水チェレンコフ型ミューオン観測装置を用いて宇宙線の観測を行ってきた。

  • ペバトロン

    チベットに設置された観測装置の概要 (C)チベットASγ実験グループ(出所:東大宇宙線研究所発表資料)

空気シャワーは、宇宙から降り注ぐガンマ線や宇宙線が窒素などの大気と衝突して生じる二次的な粒子。ガンマ線と宇宙線の区別は空気シャワーの観測では区別が難しいが、空気シャワー中に含まれるミュー粒子は高い透過度を有し、地下に透過するという特徴があることから、研究ではこのミュー粒子を測定する形で進められた。また、ガンマ線起源のミュー粒子の数は宇宙線起源のものと比べて極端に少ない、という違いがあることから、この2つを精度よく分けることを可能とする技術、具体的には宇宙線のノイズを100万分の1に減らす技術を活用する形でガンマ線起源のミュー粒子にターゲットを絞って研究が進められたという。

今回の研究では、2014年~2017年の間に収集された約2年間分の観測データの解析を実施。その結果、0.4~1PeVという高エネルギーのガンマ線を23個を発見することに成功したという。特に1PeVのガンマ線は、これまでの観測された中でも最高クラスのエネルギーを持つ光子(電磁波)で、そのエネルギーは可視光線の1000兆倍に相当するという。

  • ペバトロン
  • ペバトロン
  • ノイズ除去技術により、銀河系のディスク(天の川)方向からのガンマ線の観測に成功したとする。天の川方向から離れた位置のガンマ線まで含めると38個を確認したが、これら天の川方向ではないガンマ線についてはノイズと考えられるという (C)チベットASγ実験グループ/HEASARC/LAMBDA/NASA/GFSC(出所:東大宇宙線研究所発表資料)

また、これらのガンマ線は、既知のガンマ線放射天体の方向からではなく、銀河系のディスク方面(天の川)全体に分布していることも判明。天体の方向と離れていることについて研究グループでは、宇宙線陽子起源のガンマ線であり、銀河系内で陽子が高エネルギー領域まで加速されているためであり、この結果から、ペバトロンが過去、または現在に存在することを示す証拠となったと説明する。

  • ペバトロン
  • ペバトロン
  • ペバトロン
  • 天の川からの高エネルギーガンマ線は、宇宙線陽子起源のガンマ線であり、これがペバトロンの存在を示す証拠になるという (C)チベットASγ実験グループ/HEASARC/LAMBDA/NASA/GFSC(出所:東大宇宙線研究所発表資料)

具体的には、宇宙線を銀河系の磁場中でシミュレーションした結果から、4PeVを超す高エネルギーのものは銀河系外から入ってきやすいが、そこまで高くないエネルギーのものは入ってきにくいことが分かっていること、ならびに宇宙線が数百万年規模の長い時間、銀河系内に閉じ込められ平均化されていると、地球で観測される宇宙線量を元に観測されるガンマ線量を理論的に計算することができ、今回の観測されたガンマ線量は、その高エネルギーの宇宙線が数百万年にわたって、銀河系内の磁場によって閉じ込められる「宇宙線プール」の理論モデルに基づく理論予測と一致することから示された結果であるとしており、研究グループでは「宇宙線プールのモデルを実験的に検証することができた」と説明する。

  • ペバトロン

    銀河磁場中の3-30PeVの宇宙線分布。銀河系外から入ってくる割合が少ないことがわかる (出所:東大宇宙線研究所発表資料)

研究グループでは、今回の観測結果からは、銀河系内に過去に強力なペバトロンがあったことを示唆するものとしているほか、現存するペバトロン候補として、0.1PeV超のガンマ線が観測されている超新星残骸G106.3+2.7を挙げており、このほかにもガンマ線の放射位置が超新星残骸と星間物質の重なる場所も候補になるとしているほか、銀河系中心にあるブラックホールや、銀河面から上下に合計約5万光年の長さがあり、強烈なガンマ線を発射する熱いガスのバブル構造(フェルミバブル)、超重ダークマター対生成・崩壊による広がったガンマ線などもペバトロンの候補になるとしており、「今、まさにペバトロンのハンティングがスタート、これから熱い研究領域になる」と強調する。

  • ペバトロン
  • ペバトロン
  • 今回の観測結果から、銀河系の磁場の影響により宇宙線プールが形成されていることが示されたこととなるという (C)チベットASγ実験グループ/HEASARC/LAMBDA/NASA/GFSC(出所:東大宇宙線研究所発表資料)

そのため、今回の成果についても、「恐竜に例えるなら、その足跡を捉えることに成功したということ。足跡から恐竜を見つけるように、今回の成果が将来的なペバトロンの発見につながると考えている」と、これからの研究の発展に期待を寄せる。

  • ペバトロン

    現在のペバトロン候補となる超新星残骸G106.3+2.7 (出所:東大宇宙線研究所発表資料)

なお、今後の研究としては、チベットからは観測ができなかった南半球側の観測に向けて南米ボリビアにチベットの観測装置と類似した観測装置「ALPACA(アルパカ)」の2年以内の設置を目指しており、この観測を通じて、さらなるペバトロンの発見、理解などを進めていきたいとしている。

2021年4月3日訂正:記事初出時、横浜国立大学 大学院工学研究院の片寄祐作 准教授と表記すべきところを、誤って、横浜国立大学 大学院工学研究院の大西宗博 准教授と表記しておりましたので、当該部分を訂正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。