東北大学は2月1日、燃料電池用の「白金/パラジウムコアシェル触媒」に対してイリジウムを第3元素として添加した場合、その際のナノ粒子に対する配置位置(サイト)が触媒特性に及ぼす影響を原子レベルで調査した結果、イリジウム原子の配置位置(コアシェル界面、シェル表面)ごとに触媒特性が向上する効果を原子レベルで解明したと発表した。

同成果は、東北大大学院 環境科学研究科 環境材料表面科学分野の楠木啓介大学院生(研究当時)、同・工藤大輔大学院生(研究当時)、同・林謙太大学院生、同・千田祥大大学院生、同・轟直人准教授、同・和田山智正教授らの研究チームによるもの。詳細は、米化学会が発行する「ACS Catalysis」にオンライン掲載された。

燃料電池自動車の動力源や定置用電源などの応用に向けて、固体高分子形燃料電池(PEFC)の開発が、日本においては国を挙げて行われている。PEFCでは、正極において酸素還元反応(O2+4H++4e-→2H2O)が進行するが、その反応速度は負極で起こる水素酸化反応と比べると著しく遅い。PEFCのボトルネックとなっている部分であり、そのため負極と比べて多量の白金を触媒として必要としている。

白金は希少かつ高価なため、その使用量を削減すべく研究が進められており、現在注目されているのが、パラジウムなどのコア粒子を数原子層の厚さの白金シェルで被覆した「コアシェル触媒」だ。コアシェル触媒は白金使用量を削減できるだけでなく、白金のみよりも高い触媒活性を示すことを特徴とするが、燃料電池発電環境における耐久性(ナノ粒子構造の安定性)に課題があるのが現状である。

コアシェル触媒の耐久性を改善する方法のひとつは、モリブデンやイリジウムなどの第3元素を触媒に微量に添加することが有効であると報告されてきた。しかし、コアシェシェル触媒粒子のどの位置(サイト)にそれを配置することが効果的なのか、その触媒特性を向上させるメカニズムは、原子レベルで解明されていなかったのである。

研究チームは、1億分の1Pa以下という超高真空の極めて清浄な環境下で触媒表面構造が原子レベルで制御されたモデル触媒を製作し、その燃料電池触媒の特性を評価する実験手法を独自に開発しており、触媒表面の原子構造が及ぼす特性への影響を明らかにしてきた。

そこで今回の研究においては、「電子ビーム蒸着法」と「アークプラズマ蒸着法」という2種類の真空蒸着法を組み合わせ、白金/パラジウムコアシェル、イリジウム表面配置白金/パラジウムコアシェル、イリジウム界面配置白金/パラジウムコアシェルの3種類の触媒構造モデルを超高真空中で作製。イリジウムの添加が触媒特性に対して及ぼす影響を原子レベルで分析し、その特性上メカニズムの解明に挑んだのである。

  • 燃料電池

    今回の研究で作製されたコアシェルモデル触媒の剛球対モデル図。パラジウム単結晶基盤に4原子層の白金を堆積させた試料(a)をベースとし、表面にイリジウムを10分の1原子層だけ堆積させた試料(b)と、白金/パラジウム界面にイリジウムを1原子層堆積させた試料(c)の3種類の触媒特性が比較された (出所:東北大プレスリリースPDF)

まず、燃料電池の動作環境を模擬した加速劣化試験(電位サイクル)が実施された。すると、イリジウムを添加しない場合はサイクル途中までは触媒活性が上昇するものの、それ以降はサイクル数が増加するにつれて急激に活性が低下し、最終的には純粋な白金と同程度になることが確認されたという。

一方、イリジウムが表面に添加されている場合、触媒活性の低下がほとんどなかったとした。さらに、イリジウムをコアシェル界面に添加した試料は、今回測定された3試料のうちで最も高い触媒活性を維持することが確認されたのである。

  • 燃料電池

    コアモデル触媒の加速劣化試験中における界面イリジウム配置白金/パラジウム試料の活性・耐久性向上イメージと触媒活性(酸素還元反応活性)の推移を表したグラフ (出所:東北大プレスリリースPDF)

走査型透過電子顕微鏡法による試料断面構造観察とX線光電子分光法による表面化学状態分析が行われ、その結果、以下のことが示唆されたとした。

  • 電位サイクル途中の活性上昇は、初期状態で白金シェル中にわずかに存在していたパラジウムが溶出し、白金濃度の高いシェルができたことによる
  • コアシェル界面へのイリジウムの添加により、イリジウムと白金の間での電子的相互作用が起こり、触媒活性が向上する
  • 触媒表面に存在するイリジウムが電位サイクル中にイリジウム酸化物になり、白金シェル層を安定化させるピン留め効果が働き、触媒耐久性が向上した

これらの結果により、白金/パラジウムコアシェル触媒へのイリジウム添加、特にコアシェル界面への添加が自動車用燃料電池触媒の活性・耐久性の両者を大幅に向上させる点から極めて効果があることを示しているとした。

こうした燃料電池コアシェル触媒の第3元素添加による触媒特性向上メカニズムを原子レベルで解明したのは、今回の研究が初めての成果だという。コアシェル触媒の耐久性向上に有望な元素は、イリジウムのほかにもモリブデンやチタンなどがある。また第3元素添加は、今回の白金/パラジウムコアシェル触媒に限らず、白金/ニッケルや白金/コバルトなどの燃料電池合金触媒へも応用が可能であり、有効な手法だとする。今後、今回の研究成果をベースとし、さらに触媒の原子・ナノ構造を精緻に制御することにより、高性能な自動車用燃料電池触媒の開発が加速されることが期待されるとした。