東京大学 生産技術研究所(東大生研)は12月12日、複数の元素からなる合金などの混合系が結晶化しやすいのか、ガラス化しやすいのか、どのような物理的な因子が支配しているのかについて、分子動力学シミュレーションを用いた研究を行った結果、これらの系の結晶化の駆動力には大きな差はないこと、一方で、液体と結晶の界面張力は大きく異なることを見出したと発表した。

同成果は、東大 生産技術研究所の田中肇教授(研究当時、現:名誉教授/シニア協力員)、フ―・ユアンチャオ特任研究員らの研究チームによるもの。詳細は、「Science Advances」のオンライン速報版に掲載された。

素材が1種類の金属の場合は容易に結晶化しやすく、そのガラス状態(アモルファス状態)を形成しようとした場合、極めて高速な冷却速度が必要とされる。そのため、現在の技術ではmm以下の微小なガラスしか形成することができないという。

しかし、複数の金属を組み合わせた合金の場合となると話はまた別である。近年になり、合金を用いることで金属のガラス状態を比較的容易に形成できるようになり、cmを超える大きな金属ガラスの形成も可能となった。金属ガラスは、通常の結晶とは大きく異なる機械的特性などを有することから、その応用範囲が急速に広がっている。

しかし、どのような金属原子をどのような比率で混合するとガラスになりやすくなるかという課題は、今もって未解明のままだ。その結果、金属ガラスの設計は経験則に頼っているのが現状だという。このような状況は、結晶状態とアモルファス状態の光学的な特性の違いを利用した「相変化メモリ」(熱の印加によって結晶相とアモルファス相の間を変化することを利用したメモリ)の分野でも見られ、原子混合物の結晶化を支配している物理的機構の解明が待たれていた。

田中教授らの研究チームは今回、分子動力学シミュレーションを用いて、異なるガラス形成能を持つ3つのモデル金属系、ジルコニウム(Zr)、銅-ジルコニウム合金(CuZr)、ニッケル-アルミ合金(NiAl)についてその結晶化、ガラス化についての研究を実施した。

その結果、これらの系の結晶化の駆動力(結晶の自由エネルギーと液体の自由エネルギーの差)に大きな違いはないが、一方で、液体と結晶の界面張力には大きな差があることがわかったという。また、これらの液体における原子拡散にも大きな差がないことから、これらの系のガラス形成能の違いは、液体・結晶間の界面張力によって主に支配されていることが明らかとなった。

さらに界面張力は、液体中に自発的に形成される構造的な秩序と、その構造内の原子組成によって決定されていることも見出された。これらの構造的な秩序には、結晶に似た構造を持つ結晶前駆体と結晶の対称性と相いれない正二十面体構造があることが判明。

  • ガラス

    銅-ジルコニウム合金(左)、ニッケル-アルミ合金(中央)、ジルコニウム(右)の過冷却状態における局所安定構造のスナップショット。正二十面体構造に属する原子は赤色で、結晶前駆体に属する原子は青色で示されている (出所:東大生研Webサイト)

これは、液体中に自発的に形成される局所的に安定な構造が、結晶の持つ方位対称性と似ており、さらに原子組成にも大きな差がない場合、この構造が結晶核形成において結晶化を助ける前駆体として働き、その結果、結晶核形成が容易になるということだという。

また界面張力は、結晶の核形成を支配しているだけでなく、結晶成長にも大きな影響を与えることが示された。古典的な結晶成長理論においては、結晶成長速度は界面張力には依存しないと考えられていることから、今回の発見は古典モデルに重大な欠陥があり、液体中に形成される局所的な秩序の結晶成長への影響をあらわに考慮する必要があることを強く示唆しているとしている。

そして今回の研究成果は、液体中に自発的に形成される自由エネルギーの低い構造の持つ対称性並びに原子組成が、結晶と大きく異なるように設計すれば、結晶化が阻害され容易にガラス化することが可能になることを示唆しているとした。

これらの成果は、金属合金のガラス形成能や相変化メモリーのスイッチング速度を、経験に頼ることなく、物理的に制御するための新しい指針を提供するとともに、結晶化というさまざまな物質に普遍的に見られる現象の基礎的な理解にも大きく貢献することが期待されるとしている。