イーロン・マスク氏率いる米宇宙企業スペースXは2020年12月10日、開発中の巨大宇宙船「スターシップ」の試作機「SN8」の飛行試験を実施した。
着陸に失敗し、機体は大破したものの、離昇や上昇、そして降下や姿勢制御などは順調で、初めての試験としては十分な成功を収めた。
同社はすでに次号機「SN9」などの開発を進めており、近いうちに飛行試験を予定。早ければ来年にも無人での宇宙飛行を行い、2年後には月や火星への飛行も目指す。
スターシップSN8
スターシップ(Starship)は、スペースXが開発している巨大宇宙船で、最大100人を乗せて月や火星などへ飛行することができ、同社が構想している人類移住計画のかなめとなっている。
幾度もの設計変更を経て仕様が固まったのち、それと並行して巨大なタンクの製造・運用技術を確認する試験機や、新開発の高性能ロケット・エンジン「ラプター」の燃焼試験、そして小さなタンクとラプター・エンジンのみでの簡単な飛行試験などが行われてきた。そして現在は「SN(Serial Number)」と名付けられた、実機サイズの試作機の開発が進んでいる。
初期には試験中にタンクが破裂するなどの問題に見舞われたものの、今年8月には「SN5」によって初めての飛行試験を実施。飛行時間は約45秒、到達高度は約150mで、逆噴射しながらの着陸にも成功した。
スペースXはその後、「SN8」と呼ばれる新しい試作機の開発に着手。ほとんどタンク部分だけで、ラプター・エンジンも1基だけだったSN5とは異なり、SN8はノーズコーンや翼をもち、ラプターも3基装備するなど、より実機のスターシップに近いものとなった。これにより、より高い高度まで飛行できるとともに、空中で機体を寝かせて、翼を使って滑空飛行したのち、機体を垂直に立てて着陸するといった、宇宙まで行けないこと以外は、実際の飛行に近い動きを試験することができるようになった。
SN8は日本時間12月10日7時45分(米中部標準時間9日16時45分)、テキサス州の南端、メキシコとの国境沿いのメキシコ湾に面した、ボカチカと呼ばれる場所にあるスペースXの施設から離昇した。
ゆっくりと上昇したのち、途中で3基あるラプターのうち1基を停止。その後2基目も停止させ、加速度を抑えながら上昇を続け、やがて最後のエンジン1基も停止。そして高度約12.5kmに到達したところで、機体を「ベリィ・フロップ」と呼ばれる、水平に寝かせた姿勢にして降下を始めた。
スターシップは、機体の後部に大きな翼を、また前部にはやや小さな翼をもっている。これは「フラップ(Flap)」と呼ばれるが、一般的な航空機がもっている高揚力装置としてのフラップではなく、もともとの英単語がもつ「パタパタと開閉するもの」という意味のとおり、折りたたんだり広げたりするように動かすことで機体を制御するようになっている。スペースXのイーロン・マスクCEOはこれを「まるでスカイダイバーの手足のよう」とたとえ、「飛行中の姿は、完全にどうかしているとしか思えないようなものになるだろう」と語っていた。
このような姿勢制御で飛行した航空機や宇宙船は過去になく、スペースXにとっても実機サイズの機体を使って試験するのは初めてだったが、機体は順調に降下した。
そして着陸の数秒前には、2基のラプター・エンジンを再点火。その直後に機体の姿勢をふたたび垂直に戻し、着陸するための姿勢をとった。しかしその後、エンジンの1基が停止。降下速度を落としきれず、機体は着陸場所に叩きつけられ、大きな火の玉となって炎上し、大破した。
離昇から着陸までは約6分42秒だった。また飛行の様子は、YouTubeのスペースXのチャンネルで生中継が行われ、約50万人が視聴。その後、録画の視聴者数も合わせると、すでに700万人を超えている。
着陸が失敗したことについて、同社のイーロン・マスクCEOはTwitterで「機体の前部にある推進剤タンクの圧力が低かったことで、着陸速度が速くなったことが原因」としている。
スターシップは機体の後部にメインとなる大型のタンクをもち、また機体の前部は小型のタンクをもっている。主に後部タンクは上昇時に、前部タンクは着陸時に使う。
推進剤をすべて大きなタンクに収めてしまうと、着陸時にはほとんど空の状態になるため、少なくなった推進剤が広いタンク内で動き回り、エンジンに送り込むのが難しくなる。また、推進剤が減るにつれ、機体の重心が大きく変わってしまい、機体の姿勢を制御するのも難しくなるという問題もある。
そこで前部に小型のタンクを置き、そこに着陸に使う推進剤を入れておくことで、エンジンへの供給問題を解決するとともに、重心の移動を抑えられ、機体の制御もしやすくなる。また、小さなタンクは加圧も簡単で、さらに保温性も高く、極低温の推進剤の保管に適しているといった利点もある。
今回の飛行では、使用するタンクを後部から前部へ切り替えることには成功したものの、前部タンクの圧力が低かったことで、エンジンに十分な量の推進剤が供給されず、エンジン性能が予定より低くなった、また1基のエンジンへの供給が止まった結果、着陸に失敗したものとみられる。
もっとも、マスク氏試験後、Twitterで「必要なすべてのデータが得られた」とし、「エンジンは素晴らしく機能した。上昇、タンクの切り替え、そしてフラップ制御による着陸地点への正確な飛行にも成功した! 高度12.5kmに到達しただけでも大きな成果だ」とコメント。「火星よ、ついにここまでやってきたぞ! これこそが火星への玄関口だ!」と怪気炎を上げた。
そして「次はSN9の番だ」とし、早くも次の試作機の打ち上げを予告している。