新型コロナウイルス感染拡大の影響により、小売ビジネスは急速なデジタルシフトを迫られている。これまで店頭のみで完結していた顧客接点をデジタル化することで、アフターコロナ、ニューノーマルと言われる時代においても顧客とのコミュニケーションを生み出したり、安全安心な購買行動を実現することが求められているのだ。小売ビジネスのデジタルトランスフォーメーション(DX)は、もはや顧客接点を維持していく上で死活問題だと言えるだろう。
では、小売ビジネスをリードする企業は、どのような点に着目して、長い歴史のなかで培われてきた既存のアセットとテクノロジーを組み合わせ、新しい価値を創造しているのだろうか。トレジャーデータが開催したオンラインイベント「PLAZMA 13」における講演『形だけに終わらせない!DX戦略とデータ活用』において、ビックカメラ DX・DC本部サービス開発部 兼 システム部 課長の深川純也氏が発表した。
DXを推進するために必要なことはなにか
深川氏によると、ビックカメラが、デジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みをビックカメラグループ全体の経営課題として従来の体制より積極的に推進を行っていくために、DX・DC本部を設立したのが2020年9月のこと。組織改編が行われ、経営戦略部門の柱としてDX・DC本部を設立されたのだという。ビックカメラグループのファンを増やすというコンセプトで新たな顧客体験の創出に挑戦するのが、主なミッションだ。
「日々のお買い物の中から新しい価値をお客様に使っていただき、新しい魅力と価値観をお届けできれば」(深川氏)
では、ビックカメラはこのようなDX施策をどのような示唆をもとに実現して実現していったのだろうか。深川氏は同社がDXの推進に舵を切った際の経験をもとに、DX推進で留意すべき点を6つ挙げた。
DXの成果をどのように評価するのか
まず深川氏が挙げたのが、“DXの成果をどう定義するか”というテーマだ。DXの推進を掲げている企業は多いが、実際に取り組むと「成果をどのように評価するか」という定義づけは非常に難しい。特に、事業、組織、売上、販路が成熟した状態でDXを推進すると、「既存ビジネスの枠組みの中で費用対効果を求めていくのか」「DXを推進することでビジネスを拡張していくのか」という方向性が曖昧になってしまう。この区分けをすることが重要だと、深川氏は指摘する。「費用対効果を求めるのか、顧客のバリューを求めるのか。自分たちでDXとは何かを定義して、独自の解釈を作っていくことが重要だ」(深川氏)
システムやツールが定着しなければ、DXは実現しない
次に深川氏が挙げたのが、DXを推進するためのシステムやツールを実装する際に生じる“定着化”の課題だ。DXが失敗する場合、便利なシステムを導入したものの「何もしないでも活用される」と考えてそのままにしておくと、システムは形骸化してしまい、DXは進まない。一方で、システム導入後にその活用方法を現場と共に模索していけば、システムは業務のなかに定着しDXが推進される。
「DXで最も重要なのがシステムの定着化だ。例えば、属人化していたタスク管理を整理するために社内にプロジェクト管理システムを導入した際には、導入しただけで業務スキームの改善にまでは至らず、結果的に今までのやり方に変化が生まれずシステムが定着しなかった。『導入しました。さぁ使ってください』では形だけに終わってしまう」(深川氏)
例えば、同社で全社統一のWeb会議システムを導入した際には、コロナ禍の影響によりリモート業務を推進しなければならないという課題意識が背景にあったこともあり、現場の担当者自らが業務の中におけるシステムの活用法を模索したことによってシステムが定着し、1日200回以上の商談やミーティングがオンラインで開かれるようになったという。
「システムを使わなければならないとなった際に、実際にどうやって使うのが適切かを考え続けなければならない。経営層や事業部門を巻き込み、組織的なシステムの浸透を実施し続けることが重要だ」(深川氏)
深川氏は、重要なのは「退路を断って推し進めること」だと指摘する。つまり、新たなシステムを導入した時点で他の手段がない状態=退路が断たれた状態であれば、社員は一体となってそのシステムの活用を考えていくのだ。
「退路を断って、関与する人たちが一丸となってシステムを使い倒して、一気にデジタル化と効率化を推進して自分たちの業務を変化させていくことが重要だ」(深川氏)
スモールスタート、スモールサクセスからはじめよう
続いて深川氏が挙げたのは、ミニマムな環境でシステムを導入して効果を模索するという点だ。全社的なDXを推進することは大きな経営課題ではあるものの、大規模なシステムの導入はコストの膨張を招き、経営リスクを生み出してしまう危険を孕んでいる。
「十分な分析をしないまま全社的なDXを推進しようとすると、聞こえはいいが実際には莫大なコストが掛かる。しかも、小さい規模でテストをしないまま全社に実装していこうとすると、システムの定着化ができず失敗する可能性も高い」と深川氏は指摘する。
そこで、投資対効果を最適化するために、まずはミニマムな環境でシステムを導入して効果を模索するのだ。そして、スピード感をもってトライ&エラーを繰り返し、成功したものを全社に展開する。これを繰り返すことで導入効果の予測や立証が容易となり、全社でのDX推進が加速するのだという。
「ミニマム環境で使い倒した結果として得られた事例やナレッジを活かして全社導入ができるので、効率よく全社導入することができる。ただ、ミニマム環境での導入で時間を掛けては意味がない。スピード感をもって取り組むことが重要だ」(深川氏)
データに基づいた仮説立案を、当たり前のものに
深川氏によると、システムの有効性を実証するためにスピード感をもってトライ&エラーを繰り返す作業において、重要なのが、データを活用して判断の根拠にしていくということだという。
「データは事実が積み重なった明瞭なもの。“かもしれない”という主観をデータ=事実に基づく仮説に置き換えていくことで、データ=事実を根拠として評価や判断することができる」と深川氏は説明する。
ただ、データと言ってもその性質は様々なものがあり、個々の尺度で定義されている。深川氏によると、様々なデータをひとつの基盤の上で統合管理し、それを分析することによって「曖昧さをなくしてデータを社内の共通言語にしていくこと」が重要だと指摘する。
「何のためのデータなのかを明確にする必要がある。ビックカメラグループではさまざまな種類のデータが膨大に存在するが、それぞれのデータがバラバラに管理されていると同じ方向を目指していても少しづつ本質からずれてしまい失敗に繋がる。現場それぞれのために作られたデータを組み合わせるのではなく、あらゆるデータを集約して共通言語化するというアプローチが重要だ」(深川氏)
データを活用するための人材を育成する
最後に、深川氏がDXを推進する上で「最も重要」としたのが、人材の育成だ。あらゆるデジタル接点から生まれたデータを分析して活用すること、データから新しい試みをすることがDXであるという理解はしているものの、実際のところ現場の担当者が「活用されることを前提としていないデータ」「自分ではない誰かが作ったデータ」を見ても、そこから何をすればいいのかわからないという状態に陥ることが多い。そうしたデータを、企業の状況を踏まえた上で活用して、そこから新しいアイデアを生み出していく作業は非常に難易度が高いのだ。
「こうしたニーズに応える人材は外部から登用するのが非常に難しい。社内で育成しなければ、社内でもデータを活用した試みができる人は繋がらない。そして、人材を育成するにあたって、Treasure Data CDPの活用は良い近道だと考えている」(深川氏)
一度転がりだしたDXは、ずっと転がし続けなければならない
データを根拠としたDXを推進し続けることで、強い相関関係を持ったデータによって業務・サービスのDX化が実現し、さらに新たなデータを生み出すというサイクルが生まれ、ビジネスのDX化は加速し続ける。
深川氏は、「データとDXは非常に密接で、DXのアイデア、成功モデルを自分たちで作り上げていくということは、失敗と成功を繰り返しながらいかにその要因を噛み砕いて自分たちのDX推進の軸にしていくかということが重要だ」と語る。施策はデータを生み出し、データの精度が上がることでそこから新たな思考が生まれる。これによって、業務形態の変化、効率化、ハイブリッド化が加速していくのだ。「DXは一度転がりだしたら、ずっと転がし続けなければならない」(深川氏)
また一方で、深川氏は大きな変化が生まれている世の中の状況を踏まえて、「未来の当たり前を今から会社の中にどう作っていくのか」という点にも触れた。
「『生活は新しいものに変わっているのに、会社という組織は(旧態依然として)変わらない。いつまでも非効率なことをしている』と感じている人は多いのではないか。DXは会社を時代の流れに合わせていき、これまで自分たちが築いてきた価値を魅力として残しながら新しい姿に変えていく。これこそがDXの本質なのではないか」と、企業がDXの推進に取り組む意義をまとめた。