東京工業大学は11月30日、金属間化合物「ZrPd3」と「ナノポーラス炭化ジルコニウム」を組み合わせ、「鈴木カップリング反応」における触媒活性・安定性・貴金属利用効率を向上させたと発表した。

同成果は、同大学 元素戦略研究センターの細野秀雄栄誉教授(物質・材料研究機構 兼任)、同・ロ・ヨウハン(魯楊帆)学振特別研究員、同・北野政明准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米科学誌「ACS Catalysis」にオンライン掲載された。

鈴木カップリング反応(鈴木-宮浦カップリング反応とも呼ばれる)は、有機化学反応において炭素-炭素結合を作る重要な手法のひとつだ。鈴木章氏らによって1976年に確立され、現在の化学工業・製薬の現場において必要不可欠とされる技術だ。そのことが評価され、鈴木氏は2010年にノーベル化学賞を受賞したのである。

鈴木カップリング反応は優れた反応だが、課題もある。フォスフィン(リンの水素化物)などの添加物を必要とすること、触媒自体が溶媒または反応物に溶解する「均一系触媒」であるために、レアメタルであるパラジウムの回収が困難であることなどだ。そのため、固体触媒であり、触媒が溶媒や反応物に溶解しない「不均一系触媒」の創成がますます重要になっている。

一般的な不均一系触媒はパラジウムと担体から構成される。パラジウムの分散度を高めるため、大きな比表面積を持つ担体が用いられる。しかし、一般にパラジウムと担体との機械的・電気的相互作用が弱く、しばしばパラジウムの凝集や脱離が生じてしまうため、触媒活性や安定性が低くなるという課題を抱えている。また、安定性に関しては5回程度の利用で活性が減衰する触媒が多く、不均一系触媒の利点(特に再利用特性)を最大化することが困難だとされている。

そうした中、以前から金属間化合物に着眼して不均一系触媒の開発を行ってきたのが、細野栄誉教授らの研究チームだ。2019年には、鈴木カップリング反応において良好な触媒活性を示す「Y3Pd2」を見出している。

しかし、Y3Pd2もまた課題があるという。イットリウムなどの元素を含む物質は、通常の手法でナノ粒子を合成することが難しいのだ。そのため、活性金属の利用効率が著しく低い点が改善点となっている。このことはパラジウムなどのレアメタルを用いる際には、特に致命的だという。

  • 触媒

    担持型触媒と金属間化合物の短所・長所の比較 (出所:東工大Webサイト)

こうした点を踏まえて今回の研究では、不均一系触媒の一種である担持型触媒と金属間化合物の長所を併せ持つ不均一系触媒の創成を目指し、担体としてナノポーラスZrCが、活性種としてZrPd3が用いられた。ナノポーラスとは、ナノメートルオーダーの大きさのポア(気孔)とリガメント(帯、骨格)からなる、開気孔のスポンジ型構造を指す。

ZrCの合成では、ジルコニウムを内包する高分子材料「Polyzirconosaal」(PZSA)が原材料として用いられた。PZSAはアルゴン気流下で焼成することで酸化ジルコニウム・炭素複合体になり、1400℃まで昇温することでZrCナノ粒子となるという特徴を持つ。

  • 触媒

    走査透過電子顕微鏡像。(a)酸化ジルコニウム・炭素複合体。(b)ナノポーラスZrC。(c)ZrPd3担持ZrC (出所:東工大Webサイト)

この手法で合成されたZrCは、ナノポーラス構造に起因する大きな表面積を有する。研究チームはその性質を利用し、鈴木カップリング反応の触媒として市販されている酢酸パラジウムと、PZSAの混合体を焼成することでZrCの表面にZrPd3ナノ粒子を合成することに成功したとした(Pd-ZrC触媒)。

ZrPd3の平均粒径はおよそ2nmであり、パラジウム利用効率は市販触媒の「Pd/C」(パラジウムを担持したグラファイト)などの担持型触媒と比較しても遜色ないという。

続いて研究チームは、Pd-ZrC触媒を鈴木カップリングに使用。すると、良好な触媒活性が得られたという。同触媒は、ヨードベンゼンとブロモベンゼンの双方を反応種として用いることができ、それぞれの活性化エネルギーは純パラジウムと比較して40%程度低いことが特徴だ。

  • 触媒

    (a)Pd-ZrC触媒を用いたヨードベンゼンとフェニルボロン酸。(b)同触媒を用いたブロモベンゼンとフェニルボロン酸の温度依存性。(c)触媒の再利用特性 (出所:東工大Webサイト)

したがって、室温などより温和な反応条件下でも十分に高い反応速度を得られ、その触媒回転頻度は一般的な担持型触媒の10倍以上だったとした。これはPd-ZrC触媒からベンゼンハライドに対する電子供与がなされ、律速段階である炭素-ハロゲン結合の切断が促進されるためだという。

またPd-ZrC触媒は、15回までの繰りかえしでは性能の低下が認められなかったことから、再利用が可能である。優れた触媒安定性を有しているという。数サイクルで活性が減衰する市販の触媒と比較してその違いは明らかとした。その理由は、ZrPd3ナノ粒子がZrCと強い相互作用を有することで活性種の凝集や脱離を防ぎ、触媒安定性の改善に繋がったと考えられるとしている。

このようなメカニズムはY3Pd2などにも見られる一方、Pd-ZrCは高いパラジウム利用効率を実現していることから、担持型触媒と金属間化合物双方の優位性両立がなされたといえるという。

また、Pd-ZrC触媒を用いた鈴木カップリング反応では、さまざまなベンゼンハライド・フェニルボロン酸の誘導体に適用可能だとする。今回の研究ではメチル基・アミン基・ヒドロキシル基など、計25種類の反応が確かめられており、電子供与・吸引基のいずれでも良好な触媒活性を確認したという。以上の成果から、Pd-ZrC触媒が鈴木カップリング反応に対して普遍的に優れた触媒活性を有することが示されたとしている。

金属間化合物触媒は、優れた触媒回転頻度や安定性を有するものの、イットリウムやジルコニウムなどの元素を含むことから、ナノ粒子合成が困難であった。それに対し、担持型触媒と金属間化合物の双方の長所を併せ持つのが、担体上に金属間化合物ナノ粒子を持つPd-ZrCである。

触媒活性、安定性のみならず貴金属の利用効率を大幅に向上させるポテンシャルも秘めているというPd-ZrC。今後は、ジルコニウムからイットリウムなどの希土類への拡張が見込まれ、有機反応だけでなく電場を利用した触媒など、より広範な応用への展開が期待されるとしている。