スペースXとクルー・ドラゴンの印象

野口宇宙飛行士はまた、新世代の宇宙船であるクルー・ドラゴンや、それを開発したスペースXの印象についても多くを語った。

まず、スペースXの仕事術については、「そのスピード感には驚いた」としたうえで、「たとえばNASAやJAXAでは、いろんなことに関して前例を確認したり、根回ししたり、会議をしたりして、一歩ずつ進んだり、ときには進まなかったりするが、スペースXはなにか問題があると、会議をする前にまず物を造る。問題が起きた次の日には改良した試作品ができていたこともある」。

「彼らは『Speed is life(スピードこそ命)』、早く物事を進めることで健全性を保つという思想がある。もちろん早く進めることでミスもあるかもしれないが、それが最終的に致命的なものにつながらないよう、ミスからもすぐに立ち直っていく。ある意味これも『レジリエンス』と呼べるようなところがすごいと感じた」。

また、「スペースXは船内の映像を撮影し、公開することにとても積極的」という特徴もあるという。「私がこれまで乗ってきたシャトルやソユーズでも映像を撮ってきたが、さまざまな制約があって機会や撮影時間が限られていた。しかし同社はとても積極的で、船内のカメラの操作や映像の切り替えなどについてかなりの訓練を受けた。宇宙に行けばすぐに多くの映像、リポートをお届けできると思うので、楽しみにしてほしい」と語った。

  • 野口聡一宇宙飛行士

    ISSに接近するクルー・ドラゴンDemo-2 (C) NASA

さらに、コロナの流行の影響で、訓練内容が変わって気づいたエピソードも語られた。

「ソユーズならロシアの星の街(宇宙飛行士訓練センター)にいなければ訓練ができない、シャトルならヒューストンにいなければ訓練ができないことがたくさんあった。一方クルー・ドラゴンは、ロサンゼルスのスペースXの本社にシミュレーターがあるが、そのシステムがすごく小さい。そのため、コロナを受けて急きょヒューストンにシステムを整備してもらったり、インストラクターもロサンゼルスから遠隔で指示を出してもらったりして、想定していた訓練はほぼ全部できた。もともとコロナを意識して造られたものではなかったが、そもそもスペースXの仕事の仕方がリモートに向いていたことが功を奏した」。

そしてクルー・ドラゴンの機体に関しては、「私はこれまでスペース・シャトル、ソユーズに乗ってきた。これらと比べて、乗り心地や操縦性、居住性がどう違うのか、味わえるのを楽しみにしている」と語った。

また、すでに何度も着用した船内服(宇宙服)については、「スタイリッシュでかっこいい」としたうえで、「座席と船内服とが一体で開発されているので、親和性が高く、人間の体を守るための機能がしっかりしている」と評価。また、「シャトルやソユーズの船内服は、手袋やヘルメットが着脱式で、接続部が重くなったり、そこから空気漏れが起きたりする。しかしスペースXの船内服はすべてが一体化しており、非常にシンプル。軽くて故障が少ない、良いデザインだ」とも語られた。

さらに、Demo-2ミッションに搭乗したロバート・ベンケン宇宙飛行士、ダグラス・ハーレー宇宙飛行士からは、さまざまなアドバイスや提言を受けたという。

「宇宙船が宇宙に到達したとき、宇宙船の中は、いわばロケットから居住空間に変わる。すると、環境制御の切り替えやトイレの起動、物の移動など、模様替えをする必要がある。過去に乗ったスペース・シャトルでも経験したことだが、クルー・ドラゴンは(まだ新しい宇宙船なので)物の配置などが最適化されておらず、ベンケン宇宙飛行士たちは苦労したという。それを受けて、『ある物はあらかじめここに置いておいたほうがいい』など、開発段階では気づかなかった課題やコツを多く教わった」。

そして「ボブ(ベンケン宇宙飛行士)やダグ(ハーレー宇宙飛行士)からのアドバイス、そしてシャトルやソユーズの伝統や経験も踏まえ、いいとこ取りをしていきたい」と語った。

  • 野口聡一宇宙飛行士

    クルー・ドラゴンの模型(後ろ)と、船内服(前)。野口聡一宇宙飛行士らもこれを着用する (C) SpaceX

74億人の最初の一人として、宇宙開発の恩恵を世界に

クルー・ドラゴンの運用1号機に搭乗することについての意気込みとしては、「これまで国の政策ベースで進められてきた宇宙開発だが、本格的に民間が主導権を握る時代が近づいてきた。いまはその過渡期にある。日本人宇宙飛行士として、このタイミングに、そしてクルー・ドラゴンの記念すべき運用1号機に、その運用にたずさわれるのは、個人的にも、日本の宇宙開発としても大きなメリットだと感じる」と語った。

さらに、「米国第一主義の政情や、ISSへの輸送手段をロシアに依存してきたこともあって、クルー・ドラゴンは米国の威信をかけた象徴のように語られてしまっている。しかし本来は、(ISS計画などを通じて)他国に宇宙開発の恩恵をいかに広めていくかということが大事。米国人以外がクルー・ドラゴンに乗り込むことで、その扉を開かなければならない。世界人口のうち米国人を除いた約74億人の最初の一人として、そして日本人宇宙飛行士として、この経験ができることは光栄だ」とも語られた。

新開発の宇宙船に乗ることについては、「かつてコロンビアの事故のときに、事故が起きたときの厳しい状況はよく知っている。しかし、一つひとつ危険を正確に理解して、それを許容していく、その積み重ねで怖さはなくなる」との心境を語った。

そして、前回から10年ぶりの宇宙飛行となることについては「10年ぶりなので、カムバック賞をもらいたい」と冗談を飛ばしたうえで、「この10年でISSは大きく変化した。超小型衛星の放出や、生命科学実験などは10年前にはなかった。こうした新しいミッションを体験するのも楽しみにしている」と語った。

また、50代も半ばに差し掛かったことについては「寄る年波には勝てず、苦労していることもある。ただ、体力や視力、聴力など、宇宙飛行士としては十分な能力があると自負している」と自信を見せ、「宇宙滞在中にやる作業としては最も身体的、精神的に過酷といわれる船外活動についても、ぜひ成功させたい。皆さんぜひ応援してください」と語り、会見を締めくくった。

  • 野口聡一宇宙飛行士

    クルー・ドラゴンの模型を手に語る野口聡一宇宙飛行士 (C) JAXA