パーサヴィアランスが残すタイムカプセル
パーサヴィアランスにはまた、「サンプル・キャッシング・システム」と呼ばれる、将来の火星探査のためのタイムカプセルのような装置も搭載されている。
パーサヴィアランスはまず、火星の岩石や塵を収集し、それをチューブ状の容器に入れ、火星の地表に置く。そして、将来的にNASAと欧州宇宙機関(ESA)が共同で実施するミッションで回収し、地球に持ち帰るという計画である。
現時点の検討では、NASAが火星から帰還するためのロケットを、ESAがカプセルを回収する探査車を開発し、2026年7月に打ち上げ、2028年8月に火星に着陸。そしてESAの探査車で、パーサヴィアランスが残したチューブを回収し、カプセルに詰め、NASAの帰還用ロケットへ受け渡す。
これと並行して、2026年10月に、ESAが開発した帰還用の宇宙機を打ち上げ、2028年に火星周回軌道に投入する。
そして、2029年の春に、カプセルを積んだロケットを打ち上げ、火星の周回軌道に入れ、先に待機していた帰還用の宇宙機で回収。火星を離脱し、2031年に地球へと帰還する――というシナリオとなっている。
地球に到着した火星のサンプルは、火星探査機には積めないような大規模な装置を使い、詳細な分析が行われることになる。これによりわかるであろうことは計り知れない。
史上初の火星ヘリコプター
パーサヴィアランスにはさらに、史上初となる“火星ヘリコプター”の試験機も搭載されている。名前は「インジェニュイティ(Ingenuity)」といい、「創意工夫」や「発明の才」といった意味をもつ。
インジェニュイティの胴体はソフトボールほどの大きさで、質量は約1.8kg。太陽電池を搭載し、二重反転ローターを回して飛ぶ。火星の大気はきわめて薄く、大気圧は地球の1%ほどで、地球にたとえると高度30kmに相当する薄さしかない。そのため、探査機はできる限り軽く、そしてできる限り強力な揚力を得るための工夫が施されている。
また、地球と火星は距離があるため、電波が届くには片道5~20分ほどもかかることから、ラジコンヘリのように地上から操縦することができない。そこで、センサーとコンピューターを使い、完全に自律して飛行することができるようになっている。
インジェニュイティは、パーサヴィアランスのお腹の部分に搭載されており、火星到着後は、パーサヴィアランスの走行や探査活動のスケジュールなどを考慮し、適切なタイミングで分離され、またパーサヴィアランスから十分に離れた場所から飛行実証を行う。NASAでは火星の30日間(地球の31日間)をかけて、最大5回の飛行を試みるとしている。飛行に成功すれば、地球以外の惑星で飛行する初の航空機になる。
もっとも、マーズ2020ミッションにとって、あくまでメインはパーサヴィアランスであるため、車体や探査活動に影響を与えそうな場合などには実証はキャンセルされるという。
また、インジェニュイティはあくまで技術実証機であり、観測機器なども積んでおらず、本格的な探査活動を行うことはできない。しかし、実証に成功すれば、将来的にはより本格的な火星ヘリコプターを送り込み、さまざまな活動を行える可能性が出てくる。
これまでの火星探査は、地表からの高度数百kmを飛ぶ衛星か、地表に降りた着陸機や探査車から行われてきた。しかし、衛星は広く見通すことはできるものの細かくは見られず、一方で着陸機や探査車は狭い範囲しか探査できないなど、両極端であった。
しかし、そこにヘリコプターからの視点が加われば、火星探査が大きく、そして飛躍的に進むことが期待できる。たとえば探査車に先んじて飛び、科学的に興味深い場所を探したり、障害物を検知して探査車の安全な走行に役立てたりすることができる。
さらには、探査車では訪れることが難しい崖や洞窟、深いクレーターなどを探査したり、観測機器などの物資を運んだりすることにも役立つかもしれない。
有人火星探査を見据えた数々の新技術
パーサヴィアランスにはさらに、将来の火星探査を見据えた、さまざまな新技術が搭載されている。
たとえば、搭載機器のひとつであるMOXIE(Mars Oxygen ISRU Experiment)は、火星の大気中から酸素を作り出す技術を実証する。すなわち、人間の呼吸や、ロケット燃料の酸化剤として使用するための酸素を、火星で現地調達できるようにするための技術である。
MOXIEはまず、火星の大気の96%を占める二酸化炭素を取り込み、そして電気化学的にO2とCOに分解する。その後、O2は純度を分析され、COやその他の排気生成物とともに火星大気に放出される。
同機器の主任研究員を務めるMichael Hecht氏は「火星に人を送り込む際には、安全に地球に帰還させる必要もあります。そのためには火星から飛び立つためのロケットが必要ですが、その推進剤となる酸素を火星で作り出すことができれば、地球から持っていく必要はありません。つまり、地球から空のタンクを持っていって、火星で満タンにすればいいのです」と語る。
また、もうひとつの装置であるMEDAは、火星のダスト(塵)がもたらす危険性を理解することを目指している。有人火星探査を描いたマット・デイモン主演の映画『オデッセイ(原題: The Martian)』では、冒頭で大きな砂嵐が起き、主人公が火星に取り残されてしまう場面があるが、あのような危険を避けることに役立つかもしれない。
現時点では、有人火星探査が実現する見通しはまだ見えていない。しかし、パーサヴィアランスによって、人類はその実現に向けた、たしかな一歩を踏み出した。これから起こるであろう困難を、“忍耐力”と“創意工夫”で乗り越えることができれば、いつか人類が火星の大地に降り立つことができる日が訪れるに違いない。
参考文献
・NASA, ULA Launch Mars 2020 Perseverance Rover Mission to Red Planet | NASA
・Mars 2020 Perseverance Rover - NASA Mars
・United Launch Alliance Atlas V Successfully Launches Mars 2020 Mission for NASA
・NASA Announces Mars 2020 Rover Payload to Explore the Red Planet as Never Before - NASA’s Mars Exploration Program
・https://mars.nasa.gov/files/mars2020/Mars2020FactSheet.pdf