日本IBMは、6月17日、18日の2日間、オンラインイベント「IBM Data and AI Virtual Forum」を開催している。

企業経営者や役員、経営企画部門やIT部門などを中心に、データとAIを活用した全社的なデジタル変革に取り組む責任者などを対象にしたイベントで、「AIは試用から本格活用、そして企業変革へ」をテーマに開催。日本IBMの山口明夫社長による基調講演をはじめ、データとAIを活用した先進的な事例紹介を含む、20以上のセッションを用意。IBMのエキスパートがリアルタイムで質問に答えるセッションも用意している。参加は無料。

開催初日となる6月17日午後1時から、「企業をとりまく環境変化への適応力を支えるデータとAI活用」と題した基調講演が行われた。

データを生かすにはAIが欠かせない

最初に登壇した日本IBMの山口社長は、「私たちはいま、ビジネスと社会のデジタル変革が、突然加速した瞬間にいる。数年かかると思われていた旅路が、数カ月に短縮されている。ニューノーマルといわれる環境のなかでは、時間の壁、場所の壁がなくなり、働き方、コミュニケーションの仕方、学び方、価値の提供方法など、すべてのものが大きく変わり、デジタルが前提になっていく。言い換えれば、人の移動が前提だったいままでの世界が、モノとデータの移動が前提の世界に変わる。これまでは全体のプロセスのなかで、何をデジタル化していくかという議論だったが、これからはすべてがデジタルであり、何をノンデジタルに残すかという議論に変わっていく。逆から見た発想が必要である。そのためにはデータが極めて重要になり、データを生かすにはAIが欠かせない」と語った。

  • 日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏

その上で、「IBMのAIであるWatsonがクイズ王に勝利したのが2009年。それ以降、AIは大きな成長を遂げている。また、5Gの広がりとともに、あらゆるものが密につながり、大量のデータが流れ、至るところで、AIが存在する社会が訪れつつある。日本IBMが、年内に国内に提供するWatson AIOpsは、複雑化するITの運用監視、障害予防、障害対応などにAIを活用するものであり、いままでの延長線上とは異なる運用、保守が可能になり、世界が大きく変わる」などとした。

また、「AIに積極的に投資した企業の成長は、そうでない企業に比べて165%高いという結果が出ている。全世界の25以上の自治体や組織が、新型コロナウイルスに関する問い合わせに対応するチャットボットシステムを24時間以内に立ち上げている。3年前にはこれほど短期間に立ち上がることはなかった。AIを導入することがニューノーマル時代を勝ち抜く要件になる」と述べた。

  • ワークフローにAIを導入している企業は、収益の伸びと収益性が165%高いという

さらに、山口社長は、新型コロナウイルス感染症への対策として、IBMが研究支援コンソーシアムを設立したことや、特許の無償公開などを行ったことを紹介。

「世界最速のスーパーコンピュータであるSummitを研究者に公開し、8000の化合物を分析したところ、ウイルスの増殖を防ぐ可能性がある77の低分子化合物を発見した。困難を解決するには、奥のことを社会全体で行う必要がある。IBMは、その役に立ちたい」と述べた。

また、2020年4月1日付で、米IBMのCEOにアービンド・クリシュナ氏が就任、社長にジム・ホワイトハースト氏が就任したことに触れ、「それぞれ、AIおよびオープンソースの世界を歩んできた人物であり、ハイブリッドクラウド、AI、オープンアーキテクチャーが重視されるなかで、IBMはその分野でよりよいものを提供することを示すものといえる。そしてIBM自身も変化したい」などと述べた。

AIは魔法の箱ではない

続いて登壇した日本IBM 常務執行役員 クラウド&コグニティブ・ソフトウェア事業本部長の伊藤昇氏は、「いま訪れている不測の事態に柔軟に対応している企業は、業務プロセスやコミニュニケーション、顧客サービスに対するビジネス変革を以前から推進している企業である。米フロリダ州マイアミ・デイド郡では、市民からの業務時間外などの問い合わせに対応するためにAIを活用してきたが、新型コロナウイルスの感染拡大にあわせて、高齢者のPCR検査のスケジュールリングや、食事のデリバリーのために、AIの利用範囲を即座に拡大することができた。いまは多くの企業が、将来取り入れる技術を短期間で導入している。そして、不測の事態に俊敏に対応するには、データとAIが不可欠であることを多くの企業が認識している。AIを中心としたテクノロジーを活用し、革新しつづける企業こそが、どんな環境下においても成長できる」と位置づけた。

  • 日本IBM 常務執行役員 クラウド&コグニティブ・ソフトウェア事業本部長 伊藤昇氏

そして、「AIが未来の働き方を形成することになる」と定義し、「AIが、将来の成果を予測し、従業員が付加価値の高い仕事を行えるようになり、ワークフローや意思決定を自動化して、大幅な生産性向上を実現。自動化されつつも、人間らしい顧客体験を提供できるようになる。その結果として、AIがビジネスモデルを再定義することになり、未来の新たな働き方を着々と形成することになる」などとした。

  • AIが未来の働き方を形成

ここでは、JALカードが、ショッピングマイルプレミアムの新規入会者の販促に予測分析を利用。これまで無関係を見られていたデータとの相関関係の発見につながり、新たなモデルを作成でし、会員獲得に大きな成果をあげた例などを示した。

だが、伊藤常務執行役員は、「AIは魔法の箱ではない」とも語る。

「AIは、データによる学習が不可欠であり、AIの性能や精度はデータに大きく依存する。AIの失敗の大半は、AIモデルそのものではなく、データの準備不足と組織化の問題である。データへのアクセスが可能になり、準備が整って、初めて高度なAI分析モデルの構築でき、さまざまな業務への活用が可能になる。IA(情報アーキテクチャー)なくしてAIなしである」と述べた。

ここでは、AIの実用化を加速するためのアプローチとして同社が提唱する「AI Ladder(AIのはしご)」を示しながら、あらゆる場所にあらゆるデータのアクセスを可能にするCollect、カタログ機能などによって使える状態にするOrganize、データを使ってAIモデルを構築するAnalyze、AIモデルを業務で活用するInfuseの4つの段階を踏むことが重要であると強調。その一方で、データサイエンティストやデータエンジニアといったAI活用をリードするための人材の育成、オープンハイブリッドアーキテクチャーによって実現するIAのモダナイズが重要であることも示した。

  • 「AI Ladder(AIのはしご)」

伊藤常務執行役員は、「コロナ禍と、それに続くニューノーマル時代において生き残り、継続成長するためには、デジタルテクノロジーを活用し、柔軟な変革を続けることが求められている」と述べて、講演を締めくくった。