1918年に誕生して今年で創業102年、グローバルでグループ592社、約27万人の従業員を抱えるパナソニックは業界内でもいち早くデータマーケティングに舵を切った企業のひとつだ。データドリブンを目指して変革を進める多くの企業は、データに基づくカスタマージャーニーの最適化を目指して取り組んでいるが、パナソニックはその先にどのようなデータ活用を目指しているのだろうか。
トレジャーデータが開催したセミナー「PLAZMA 2020 KANDA」の中の「CDPによる顧客理解深化」と題したセッションで、パナソニックアプライアンス社CMJ本部コミュニケーション部デジタル戦略係主務の富岡広通氏が紹介した。
カスタマージャーニーの可視化から見えてきた課題
富岡氏によると、アプライアンス社CMJ本部でArm Treasure Data CDPを導入したのは、2017年のこと。顧客体験(カスタマージャーニー)の最適化を目指して、宣伝部門(商品ウェブサイト)、会員組織部門(Club Panasonic、ECサイト)、サポート部門(サポートサイト、コンタクトセンターなど)という顧客接点を持つ各部門で独自に最適化していたデータを統合して顧客情報を一本化し、これを分析することで顧客セグメントとターゲティングを行い、マーケティング施策に生かしてエンゲージメントを高めたのだという。
「まず取り組んだのは、データの“見える化”。データエンジニアであれば理解できるデータもマーケターではわからないことも多い。カスタマーデータを可視化してさまざまなダッシュボードを構築した」と富岡氏は振り返る。また、顧客の購買に至る行動データを分析したことにより、従来の分析では見えなかった発見も得られたという。
「例えば、購入者、購入見込み者が接触するメディアを分析すると、施策を通じて商品購入の意欲が湧くタイミングを追及しても、家電のコモディティ化などを背景にパナソニックのブランド想起に繋がりにくいことがわかった。一方で、購入後のサポートサイト閲覧状況やコンタクトセンターへの相談内容をクラスタリングしてフォローをすると、よりOne to Oneのコミュニケーションが可能になることがわかった」(富岡氏)
こうした発見から、富岡氏は「購入前に至るマーケティング・プロモーションのアップデートが課題」ということを見据えて、CDPを活用することで、「自分たちのフォローすべき見込み顧客はだれか」を把握する仕組みづくりを進めたとしている。
マーケティング部門約300名のマインドを変えるために
とはいえ、従来から続く広告宣伝のメソッドをデータを活用しながら大きく転換することは容易なことではない。パナソニックではアプライアンス社だけで多くの商品を扱い、商品ごとに歴史、文化、マーケティングのアプローチが大きく違う。「プロモーションをどうデジタルで変えていくか。正攻法はないなかで、CDPの活用というこれまでにない新しい考え方を既存の組織に浸透させるのは難しい。しかし、マーケティング部門だけで約300人のマインドを変えていく必要がある」と富岡氏は語る。
こうした組織の難しさがあるなかで、「データを活用してプロモーションをアップデートできる」ということを社内に理解してもらうために、富岡氏はすべての広告宣伝に共通している2つの声に注目し、その声にArm Treasure Data CDPを掛け合わせると、どのような効果が得られるのかをわかりやすく提示したのだという。
「社内の声、共通の認識に対してCDPを掛け合わせると課題を解決できたり強みをさらに活かせたりするというコミュニケーションを社内で展開することで、施策への理解を得ていった」(富岡氏)
富岡氏によると、パナソニックの広告やウェブサイトに接触する見込み顧客の興味関心をスコアリングして、施策の改善に活かすという「態度変容スコアリング」による運用改善は、広告運用、サイト制作、訴求深化といったマーケティング業務のさまざまな分野に及び、効果を生み出したのだという。
見込み顧客の興味関心を細かく数値化し、ターゲティングの精度を上げる
このパナソニックの新たな施策の土台となるのが、「態度変容スコアリング」という考え方だ。これは、パナソニックのコンテンツに接触したすべての見込み顧客を、サイト閲覧履歴など商品サイト上でのさまざまな行動データによって分析。どのような商品、商品の機能・特長に興味があるかを細かくスコアリングすることで、興味関心の高い見込み顧客を抽出できるようにするというものだ。
「今までは、特定の商品にどれくらいの人たちが興味を持っているのかはわからなかった。ページ単位で解析するのではなく、ID単位で見込み顧客ひとりひとりの興味関心を探っていくのが、スコアリングの特徴だ」(富岡氏)
では、この態度変容スコアリングはマーケティングの施策にどのような効果を生み出したのだろうか。
例えば、メールマーケティングでは、これまでのターゲティング施策と比較して、メール開封率は184%、クリック率は215%、愛用者登録率は615%という高い効果を生み出すことができ、購入者データにおける相関分析によりスコアの高さと購入の相関性も確認できたという。
「スコアが高い人ほど購入率も高い。明らかに購入を検討している人たちを示すスコアであることが立証できた」(富岡氏)
また、運用広告では、誘導数、クリック率、コスト、平均滞在時間など従来の指標ではどの広告キャンペーンのマーケティング効果が高いか評価しづらかったが、これに広告接触者の態度変容スコアを掛け合わせることで、どのキャンペーンで興味関心を高められているか、十分なコストパフォーマンスを実現できているかを可視化できるようになったとしている。
「現在は、広告のレポートとCDPのスコアを掛け合わせたデータをデイリーで更新して費用対効果を検証できる。全体でROIは20%以上改善できた」(富岡氏)
また態度変容スコアリングは、商品ページや広告ランディングページといったサイト制作もアップデートしているという。CDPに格納した顧客データの中からスコアが高い見込み顧客や愛用者を抽出し、対象者が観ていたコンテンツを分析。そうすることで、商品によって興味の高いページやサイト遷移(アトリビュージョン)が違うことがわかってきたという。またこの分析はサイトのみならず店頭の販促などにも影響を生み出す可能性を持っているとしている。
「商品のどの特長をアピールすると興味関心を高めてもらえるか、商品カテゴリー全体でどのようなポイントを重視しているかを分析すると販売促進の方法も変わってくる」(富岡氏)
データを基に顧客の潜在的な価値観を読み解く
そして、こうしたデータ活用はマーケティングの対象となる顧客の理解そのものをアップデートすることになると、富岡氏は指摘する。富岡氏は、「従来からある勘と経験、アンケート調査等から顧客の潜在的な価値観を理解することも大事」としながらも、データをもとに顧客自身も理解していないような興味関心、顧客の価値観を紐解くことも、顧客を理解する上で重要な役割を果たしていくとしている。
富岡氏によると、パナソニックではCDPのデータにさまざまなデータを掛け合わせることで、データをクロス集計して顧客の価値観をクラスタリング。例示された3つのクラスタにはそれぞれ顧客像を理解するための価値観シナリオがあり、その価値観に基づいた生活の課題を提示することで興味関心を喚起し、その課題解決を実現するものとして商品を訴求することでエンゲージメントを生み出しているという。
「その人にとってパナソニック製品のどのような機能・特長がベネフィットになるのかを深堀するためにはアンケート調査だけでは十分ではなく、データ分析を活用していきたい。3つのクラスタで訴求を分けた結果、従来セグメントでのコミュニケーションと比較して態度変容スコアが大きく向上するという効果を獲得した」(富岡氏)
富岡氏によると、こうしたデータを活用したマーケティングのアップデートは「自社の弱みを解消するという問題解決の方向と、自社の強みを伸ばすという事業発展の方向でワークさせていった結果」とまとめる。今回の講演では洗濯機カテゴリーにおけるマーケティング事例が紹介されたが、今後は展開する商品分野を拡大して態度変容スコアリングの実効性を検証していきたいとしている。