工場の一時生産停止に隠された真の意図とは?

一方の話題が3月7日に同社が明らかにした国内工場の一時生産停止措置の検討だが、各所にてさまざまな憶測が流れる結果となった。

これについて呉氏は「もう少し(発表方法など)うまいやり方があったと思う」と反省の様子を見せるが、工場の一時生産停止でもっともやりたかったことは、「コストの削減」ということとなる。

単にコストの削減、と書いてしまうと語弊が生じるので細かく読み解いていきたい。同社が2019年2月に発表した決算資料に掲載されているウェハサイズ別の前工程工場の稼働率推移を見ると2018年第4四半期で平均して6割前後というレベルとなる。300mm(12インチ)ラインが2018年第2四半期以降、急速に落ち込んでいるが、「在庫調整をした関係で稼働率が低くなった」(呉氏)という理由で、2018年末には自社で抱える在庫が健全なレベルまで戻り、2019年第1四半期には自社在庫に加え、代理店の在庫も「理想的なレベルまでには届いていないが、着実に減少してきている」(同)という状態まで戻ってきている。

  • 稼働率

    ルネサス前工程工場の稼働率推移

しかし、それでも稼働率60%前後、という値はいささか低いものといえる。呉氏も「70%台の半ばから80%くらいあれば(工場を)止める必要はない」との見方を示すが、6割前後が続くと、ウェハの生産数的には中途半端だが、工場そのものの付帯設備はそんなことお構いなしに動かす必要がある。半導体の前工程は設備産業であり、人の手はほとんど介さない。工場によりけりだが、ウェハの搬送はFOUPという容器に入れて、無人でレールの上を走っていったりするし、送られてきたウェハもロボットハンドが装置のチャンバに入れるという仕組みだ。だが、それらの装置や設備が稼動するためのクリーンルームは工場が稼動し続ける限りクリーンな状態を維持し続ける必要があるし、ガスや純水などを送る必要がある。

要は、ダラダラと少ないウェハを流し続けると、こうした設備の費用がバカにならないほどかかるため、その打開策として、一度工場のラインをスッパリと止めて、納期近くになって稼働率を100%近いにして作ったら、その止めている間の電気代や純水代などを押さえられるのではないか、というコスト削減努力の一環としての取り組みである様子が浮かんでくる。

工場を止めて、クリーンルームがすぐに立ち上がるのか、立ち上げ直後の歩留まりは大丈夫なのか? といった疑問もあるが、同社に限らず日本の半導体工場の場合、ゴールデンウィークやお盆休みなどといったある程度の長い休みの間、前工程のラインを止めて、そこから再稼動させて生産にもっていくということを長い月日の中で経験してきており、その点については問題がないといえる。現に同社の300mmウェハ工場である那珂工場は2018年末から2019年の年始にかけて電力設備の補修作業があったため、数日間の操業停止を行ったとのことで、こうしたどのように止めるのか、品質を保持したまま生産再開をどう行うのか、といったノウハウは有しているといえる。

先行き不透明感が生んだ新たなコストカット手法

こうした工場を止めてコストの削減を図る、という考えに至ったのには、現状の稼働率もそうだが、2019年の下期以降が不透明で、需要が回復しきらないリスクがでてきたからだ。呉氏も、「安定している自動車や産業機器/ロボット向けを中心にビジネスをしてきて、思っているよりも安定していると思っていたのが、思ってた以上に稼働率が落ちた。こういうことが起こったときに、固定的な費用を下げられる柔軟性、機動力をつけられないかと思った」と説明しているほか、「一番良いのは下期に向けて売り上げが伸びて、それにつられて稼働率があがることだが、そうならない可能性もある」との見方を示しており、「これまでの経験から、どちらかというと需要が高まったときに早く生産するということはなれているが、需要が下がったときに計画を立てて止めるということは今までしてこなかった」ということで、新たな挑戦として、こうした一時生産停止を柔軟に実現できる仕組みづくりを掲げたとしている。

とはいえ、工場を止めて稼動させて、という取り組みはトリッキーな手法であることには代わりはなく、言うは易く行うは難しであるともいえる。呉氏は「現在、まだ顧客と量産品のみならずサンプルも含めて、問題がないかの検証を進めている段階」と説明するが、前工程で人手が少ないといっても完全無人化されているわけではないため、そこで働く人たちや、協力会社などとの交渉も必要となるだろう。顧客だけではなく、そういうステークホルダーたちの理解を得ていく必要があるためだ。

工場の一時生産停止は4~6月と、7月以降の2回に分けられる見通しで、4~6月の場合は、最大10連休と世間をにぎわせているゴールデンウィークの後ろにさらに休みがついてくることとなる模様だ。

ただし、その生産停止措置は、「最大で1カ月程度だが、工場によってはばらつきがあり、総じて短くなる見通し。工場によっては生産停止がない場合もある」(呉氏)といった状況となってきている模様で、呉氏も「顧客からの需要に応じるのが第一であり、必要とする数を必ず生産する。その中でどういう生産をすれば、固定費を削減できて、キャッシュアウト(資金の流出)の抑制ができるのか、というところを検討している」といった論調で、今回の取り組みはあくまでコスト削減の一環としての1つの方法であることを強調している。

なお、7月以降の工場の一時生産停止については、9月以降の需要がどうなるのかを見たうえで、改めて顧客と相談して進めていく予定としており、スケジュールそのものが現時点では未定だとしている。

  • 工場の一時生産停止

    工場の一時生産停止に対するルネサスの考え方。実現ができ、かつそれが効果があるものとなるかは現段階では未知数

業界内には半導体業界出身ではない呉氏に対して厳しい見方を示す人も多い。では、そういう人たちが、こういう工場の生産を一時的に止めてでもコストを削減しようとしてきたかというと、近いことはあった(長期休暇の時期を長めにするなど)が、それはあくまで臨時的な措置であり、自由に使える手法とするところまで持っていこう、ということはなかった。この工場を停止させてでもコストを浮かせる、という新たな試みが、本当にルネサスにとって功を奏するものになるかどうかについては、まだ行われていないことであるため、今日の段階で筆者には判断できない(ただし、結果については単に費用面だけでなく、現場の人間への影響などさまざまな側面を含めて判断する必要はあるだろう)。ただ同社は、日本を代表する大手半導体企業の1社であるわけで、その動きが日本の半導体産業に及ぼす影響の範囲の広さを考えると、今後、どのような結果に行き着くのかについては、注視していく必要があるだろう。